働き出して7年目になる去年。私は仕事を退職して無職になった。
ある日突然、仕事へ行こうと布団から起き上がろうとすると身体が鉛のように重い。「お、起きれない……」そう呟く。身体が言う事を聞かない。初めての経験だった。今になって振り返ってみれば、当時の膨大な仕事量とストレスがそうさせたのだとわかる。しかし、そのときは何が何だか理解できず、寝ながら「朝 起き上がれない」などとスマホで検索をしていたくらいだった。我ながらあほだ。「仕事は休めない」という責任感だけが先立ち、這うようにして何とか会社にたどり着いた。しかし、相変わらず身体は鉛のように重く、全く使いものにならなかった。

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そしてその数日後、退職したい旨を上司に伝えたのだった。
結局私は次の就職先も探さないまま、無計画に仕事を辞めてしまった。社会人7年目において、こんな突拍子もなく仕事を辞めてしまっていいのだろうか。頭にはそんなことがよぎる。一緒に暮らしている夫には、以前から仕事について「そんなにしんどいなら辞めたら?」と常々言われていた。こんなに無計画に辞めてしまうくらいだったら、素直に夫の言葉を聞いておくべきだった……そう後悔した。しかし、自分の心身も心配であった私は「辞めればまたすぐに元通りになるだろう」とその辺はやけに楽観視していた。

しかし、仕事を辞めて始めの1ヶ月はベット上でほとんどの時間を過ごすこととなる。寝ても、寝ても、寝られた。というか、起きる気力が無かった。毎日夕方頃に起き、ただぼんやりとしている。そんな日々が続いた。思いのほか私が負ったダメージは大きかったようだと、その時に初めて気が付いた。流れてくるテレビのニュースを見ながら「今頃みんな働いてるんだよな」そう思い、自己肯定感は地の底に落ちていった。

そうして過ごしているうちに、無職期間も2ヶ月目に入った。寝る事にもいい加減飽き、少しずつ日中起きて活動するようになっていった。金は無い。時間だけがある状態。暇を持て余した私は、少し遠くの公園まで歩いて行ったり、昼から風呂に入ったり、スーパーに売っていた90円の野菜の苗を買って育ててみたり。そんなふうに過ごしていた。

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今思えば退職するまでの2年間、かつてないほど仕事が忙しかった。休みの日や仕事終わりは、食べるか寝るか。そのどちらかだ。自分の中に、「ここに行きたい」「これをしてみたい」という欲求が全く無くなっていた。その状況に慣れてしまうと、自分が何をしたいのか、咄嗟に思いつかなくなってしまう。行きたいところも、したいこともない。自分と言う人間が、どんどん薄まっていくようなそんな感覚があった。こうして仕事を辞め、有り余るほどの時間ができて初めて、少しずつ自分の欲求が再び芽吹いてきたことが分かった。

無職期間が3ヶ月目に入ろうとするころには、私は少しずつだが気が向いたときに求人情報をチェックするようになっていった。その矢先、なんと妊娠が発覚した。実は働きながら不妊治療も1年以上継続していた私。仕事と治療の両立が上手くできず、かなり不規則な治療になっていたのが事実だ。治療中は体力も精神力も必要になる。仕事を辞めるとともに、不妊治療も一旦辞めてしまっていた。そんな中での妊娠だった。

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この妊娠によって、私の無職期間は予想外に更新される事となる。相変わらず金はない。けど、今はいろんなことをやってみたい、どこかに行ってみたい、そう思える活力が自分の中にある事を感じる。大きなお腹を抱えながら自主制作で本を出版したり、ライブをしたり、新しい分野の勉強を始めたりしている。ああ、やっと自分が戻ってきた。そうそう私ってこんな人間だったよな。そんな風に思う。唐突に訪れた人生におけるオフの時間が、この先に長く続く人生へ、たくさんのエネルギーを注入してくれたように感じる。

あの、起きられなかった朝が無ければ。まだ私は自分が薄まっていくのを許容しながら、無理をして働き続けていたかもしれない。無計画に仕事を辞めても、まあなんとか生きている。時に人生のオフ時間を過ごすことも、長い人生においては必要なのかもしれない。朝すんなりと目が覚め「今日はこれをしよう」とワクワクした気持ちでいられる今、そのことを思う。