楽しいことよりも、試練がたくさん。
それが人生だと教えられて生きてきた。
実際、ピンチはたくさん乗り越えてきた。
今回は、前職の会社に入社してから初めての出向先でのことを書きたいと思う。

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当時、ほぼ電話での業務をしていた。
それは私が一番苦手な内容。
マニュアルにない質問をされて慌てて調べながら答えたり、理不尽なクレームで一方的に怒鳴られたり。
我慢して何とかこなしてきたものの、HSPの私には合わないようだった。
通勤中に気分が悪くなって電車を降りてしまったり、朝起き上がれなくなって欠勤したりと、体調に出るようになっていた。
限界を感じた私は、前職の会社に相談して出向先を降りることになった。

私史上最悪の一日がきたのは、その数日後のことだった。
別の出向先にいる同期の子とLINEでやりとりをしているときに、私が出向先を降りることを報告した。
すると、その子から「みちると同じ出向先の先輩が、あまり良く思っていないみたいだよ」と返信が来た。

その先輩は、私の1つ上で仕事を優しく教えてくれたIさんだった。
どうやら、前職の会社の営業さんがきちんと説明しておらず、私が"出向先を抜ける"という事実しか伝えていなかったようだった。

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Iさんは同期の子と同じ出向先にいる先輩にも不満をぶちまけていたようで、新人でスキルの低い私が先に今の所を抜けることが気に入らなかったのだろう。その先輩も「ふざけんなよ」と私に対してブチキレていたようで、私は先輩たちの間で悪者になっていた。

「体調不良で降りるのに何で」と、私は誤解から色々と言われているのがつらかった。
前職を辞めてしまっている今なら「どうせ辞める会社だから気にしなくていい」と、あのときの自分に言える。でも、当時の私は「何とかしなければ」と、心臓がバクバクしっぱなし。人間関係で嫌な思いをしてきた高校までの記憶が、私の頭の中をグルグルし始めた。

「またあの頃と同じ思いをするの?」と、身体が震えた。

不幸中の幸いと言っていいのか分からないけれど、今までの経験から私はある方法を思いついた。

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私はその日の午前中、深刻な表情でIさんに声を掛けた。
「空いているお時間に、ちょっとお話ししたいことがあるんです」
ヘルプデスクの時間帯が終わるタイミングに、Iさんと話すことになった。
私たち以外はいない部屋。

「お時間をいただきありがとうございます」
私は真剣な目でIさんを見た。
「どうしたの?」とIさんは優しく微笑む。
女性はやっぱり怖い。こんなに優しそうな人でも、裏では何を考えているのか分からないんだから。きっと、Iさんは私が何も知らないと思っているのだろう。

「実は、ここを降りることになりました」
言い終わると同時に、私は涙を流した。
私が急に泣き出したので、Iさんは驚いた表情をして焦りだした。
仕事内容がストレスで体調に出てしまっていること。
せっかく教えてもらったのに申し訳なく思っていること。

私は、ボロボロとさらに涙を流しながら話し続けた。
それから、何度も「すみません」と謝り続けた。
「そうだったんだね。つらかったね」
Iさんはそう言いながら、私の背中を擦った。
さらに「抜けることは気にしなくて大丈夫だからね」と、私を励まし始めた。
私はハンカチで目を押さえながら、黙って頷いた。

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「落ち着いたら戻っておいで」と、Iさんは先にオフィスへ戻った。
ドアが閉まると同時に、私は涙を拭って大きく息を吐いた。
私は一芝居打っていたのだ。
話した言葉に偽りはない。
途中で出向先を抜けて迷惑をかけてしまうことは、申し訳ないと思っていた。
しかし、私の涙は嘘。

過去の経験から、ただ説明するより涙を流すことで、より相手の感情に訴えられると考えたのだった。
その日の夜に、同期の子から「誤解が解けたみたいだね」「先輩たち心配してくれてるよ」とLINEがきた。
私の作戦は上手くいったようだ。
ホッとしたけれど、悲しい気持ちは残ったままだった。
この日を境に、私は前職の人たちと距離を置こうと考えるようになった。

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昔は気が弱くて、泣き虫だった私。
小学生のときは軽く転んだり、授業で急に指されて緊張で答えられなかったりしただけで泣いた。

「みちるは本当に泣き虫だな」と、よく笑われたものだった。
中学生になると、ある出来事から涙を流すことは封印してきた。
そんな私が、まさか社会人になってから嘘泣きをするなんて思わなかった。
せっかく入社した前職の会社。
不信感が募りに募って、結局は転職。

今の会社は人間関係が良くて、何かあっても先方にきちんと説明してくれる。
常に私の味方でいてくれる。
転職して本当に良かったと心から思う。
前よりも自分らしくいられている今を大事にしていきたい。