どうしよう、どうしよう。
本番は明日なのに、あれもこれも用意できていない。
これで本当に大丈夫?
2021年某日、私は心の底から焦っていた。居てもたってもいられなくて、思わず叫んでしまいたくなるような焦燥感。それを一人で受け止めるのは怖くて怖くてどうしようもなくて、今にも爆発してしまいそうだった。
まあそれも自業自得というか、全部身から出た錆なのだけどね。当時を振り返って、私は少しあきれて肩をすくめる。
あれは覚えている限り、「私史上最悪の一日」だった。
◎ ◎
私は元々、化粧品業界に就職したかった。就活をしていた頃、化粧品に関する企業であれば職種は限定せず、美容部員やメーカーの総合職など、とにかく沢山の求人を見ていた。
その中で「うーん、ここはちょっと違うかな」と感じた企業があった。説明会に行った際に、華やかな雰囲気の社員たちから、「緊張しないで、私たちのことをあだ名で読んで下さいね!」と笑顔で言ってきた企業だった。
企業理念や仕事内容は本当に素敵なものだったし、今の社会に求められている企業なんだろうというのはよく伝わった。ただ、そのキラキラとした社風が、どうしても自分に合わない気がした。説明会後にインターンシップに参加した後も、その気持ちは変わらず。
とりあえず場数だけでも踏んでおこうかな。そう思って、インターンシップ経由の早期選考に申し込んだ。
そしていよいよ、人生初の「入社試験」。愚かしいことに前日になって、私は盛大に慌てていた。
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今となっては呆れるばかりだが、まずエントリーシートを前日の時点で完成させていなかった。リクルートサイトに載っているエントリーシートを自分で紙に印刷して、そこに手書きで書き込むスタイルの企業だったのだが、こういう大事な日に限ってなぜか自宅のプリンターが上手く動かない。
ほうほうの体でコンビニ印刷へ行ったものの、帰宅した瞬間、今度は「リクルートスーツの上に着られるような、きちんとしたコートを一着も持っていない」ということに気がついた。顔だけではなく全身真っ青になるかと思った。泣きそうになりながらもう一度外へ出ると、今度は家から一番近いスーツ屋へ。この時点で辺りはもう真っ暗。深く考えず、とりあえず店内に入ってすぐの棚に並んでいた、オーソドックスなトレンチコートをレジへ持って行った。店員さんに、「就活生ですか?頑張ってくださいね」と優しく微笑まれて、色んな意味で涙が出るかと思った。すみません、こんなポンコツ就活生で。
コートを買って帰宅した。今度こそばっちり。準備し忘れているものなんて一つも残っていない。と思った次の瞬間、気がついた。私、いつもシュシュとか使ってるから、シンプルな黒いヘアゴム、1本も持ってない…。
今度こそ、今度こそ、最後の外出。ほぼ泣きながら、100均に駆け込んだ。家の目の前に100均があることを、これほど感謝したことはなかった。ありがとう、100均。ありがとう、黒いヘアゴム。
それからやっとエントリーシートを書き始めて、その夜は日付を越えてから就寝した。
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ここまで読んで「この人その会社落ちたでしょ」と10人中10人が思っただろう。はい、大当たり。前日に土壇場で準備したコートとヘアゴムとエントリーシートで挑んだ、入社試験の1週間後。私が受け取ったのは俗に言うお祈りメールだった。
しかしその文面を見ても、私は全然悲しくならなかった。むしろ、「これは100%、私の準備不足が悪いわ。落ちて当たり前だわ」と開き直っていた。また、「あそこまで準備に身が入らなかったっていうことは、『あの会社で働きたい』って全然思っていなかった証拠だ」とも感じていた。
前述の通り、「御社」はかなりキラキラめの社風の企業だった。仮に入社しても苦労するだろうということは薄々分かっていたし、「絶対ここに受かって、先輩社員たちみたいにキラキラしたい!」という熱い思いも持ち合わせていなかった。本当に行きたい企業であれば、前もってきちんと準備をしていただろうし、今回のように前日の夜になって慌てるなんてことはなかったはずだ。結果は残念なものだったが、上記のような発見があったし、「ふーん、就職の試験ってこういう感じなんだ」と何となく雰囲気も掴めた。これはこれで良い経験だったな。
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それからは、説明会や面接の前日には、持ち物や注意事項を前もって確認して、万全の準備で挑むようになった。無事に大学を卒業して、社会人になったこの春。結果としては、化粧品の「け」の字もない、全く異なる業界に身を置いている。しかし、毎日新しく学ぶことばかりで、「この仕事はこの仕事で勉強になるな」と感じながら働いている。
今でもあの日のことを思い出すと、喉の奥がヒュっとなる。当時の自分にアドバイスをするなら、「はなから全然興味を持てない企業なら、最初からエントリーするな!」、そしてもちろん「受けるなら受けるでちゃんと準備しろ!!!」に限る。
こんなポンコツ就活生だった私だが、きちんと内定をいただいて、なんとか社会人をしている。今就活をしている皆さん、そしてこれから就活を始める皆さん、その全員に心からのエールを!
「私史上最悪の一日」になるくらいの失敗をしでかしても、いつかそれも笑い話になりますように。