私の家の中は本当にぐちゃぐちゃで、食卓兼仕事場所のローテーブルにはなぜか洗ってある空の弁当箱とか、キーホルダーとか、いつ受け取ったか分からないチラシとかが、まあそれは汚く散在している。ベッドシーツはズレたまま1週間が経ったし、キッチンには洗ったあとの皿が雑然と並んでいる。誰が見ても(うわあ、ひどい)と思うような惨状だが、そんな私の部屋で唯一、整然としている場所がある。それは、テレビ台の横。私が今まで一目惚れした子たちの居場所である。
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多分私は死ぬまで、人間に対する恋愛感情が分からないだろうなということは、まあなんとなく分かっている。今まで付き合った人間には申し訳ないかぎりだ。だけど、物に対しては物凄く執着する。物だけに。
かわいこちゃんゾーン(私はテレビ台の横をそう呼んでいる)には、現在3人のかわいこちゃんがいる。どれも本当に可愛くてかわいくて、もう丸のみしちゃいたいくらい、本当に愛らしい。この子の笑顔のためなら(といっても表情は分からないが)、私は頑張って働くよう! という気持ちになる。
1人目は雲に顔が描かれたぬいぐるみ。妹が海外に行ったときに買ってきてくれた。ふわふわした体と、どこかシュールな腕と足がたまらなく可愛らしい。初めてそのぬいぐるみと出会ったとき、あまりの愛らしさに身悶えした。ふわふわもこもこで、こっちの気が抜けるようなゆるい笑顔。私の人生はこの子に会うために生まれてきたのか! と思うほどだった(ちなみに私の「かわいこちゃんゾーン」にいる3人全員に対して、私は「私の人生はこの子に会うために生まれてきたのか!」と思っている)。寝るときはわざわざベッドに持っていくほど、とにかく気に入っている。
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2人目はパッチワーク風のゾウのぬいぐるみ。こっちも妹が海外に行ったときに買ってきてくれた。グレープフルーツほどの大きさで、中は硬めの綿がパンパンに詰められていてみっちりしている。
「明日帰国するけどお土産何が良いんだっけ?」
と妹から連絡があったとき、私は即座に
「ぬいぐるみ! かわいいぬいぐるみ」
と返した。かわいいかわいいぬいぐるみがこの部屋に増えたらなんて楽しいんだろう、と新しい出会いを心待ちにしていた。妹からゾウを受け取ったときに、ころりとした見た目と、グレーとブラウン基調のパッチワーク調のシックなオシャレさに、私は一撃KOした。ボタンの目はきゅるりとしていて庇護欲をそそるし、かと思えば無表情にも見えるので思わず構いたくなる。この子もベッドに持っていっていたが、毎回ベッドの下に落ちてしまうので、かわいこちゃんゾーンが定位置になった。
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最後、3人目は私が小さい時から大切にしている虎のパペットである。今までの人生をこの子とともに暮らしてきて、きっとこれからも過ごしていくであろう人生の相棒だ。いつから好きだったかは覚えていないが、私は毎朝この子と目が合うたびに、「ああなんて可愛いんだろう!」と叫びたい気持ちにおそわれる。恋をするというのはこういう気持ちなのだろうか。できればずっと一緒にいたいしずっと顔を触ってもちもちを楽しみたいが、「いってくるね」と声をかけて家を出る。まるで恋人のようだ。いや、家族か。家族だ。
ほんと、私ってぬいぐるみのこと愛しているよなあ、と思いながら母親にパペットを見せ、
「私ってどうしてこの子を好きになったんだろうね」
と聞いてみた。母はしばらく考えたあと、こう言った。
「初めて見たときからずっと夢中だったよ。一目惚れみたいね」