「一つやりたいこと言っていい?」

元々はカラオケに行く約束だった。しかし、約束相手である彼の提案により、明日は昼食も一緒にとることになる。

そこで私が候補に挙げたのは、互いの近所にあるファミレス。
数日前、チョコレートパフェが食べられる期間限定フェアが開催されていることを偶然にも発見していた。以前二人で昼にパンケーキを食べたことがあったので、彼なら受け入れてくれるだろうという確信があった。
フェア開催のお知らせの載ったURLを送る。ぽちぽちとスマホを操作しながら、頭の隅にちらりと母の顔が浮かんだ。
昼食を甘いものにすり変えたとして、私たちはもう誰からも怒られることはなくて、その程度には大人になってしまったのだなと思う。

私のわがままを、彼は快く許してくれた。一日あけて返ってきたメッセージには沢山のびっくりマークが添えられている。
集合時間を確認し合い、「また明日」の言葉と共に私は約束の前日を終える。なっぱちゃんと会うことが唯一の癒しだよって、冗談めかして言ってくれる仲良しの彼は、きっとまだ前日にいる。

◎          ◎

なかなか眠りにつけない一ヶ月を過ごしていた。
ようやくとろとろと眠りに落ちれば、誰のためにあるのか分からない毎日にうんざりする朝がやってきて、今度はいつまでも布団から出られない自分に嫌気がさす。こんな朝は、自分の身体も心も、抱きしめてやれるのはこの腕だけなのだということをつい忘れてしまう。自分の機嫌すら取ることができない私を戒めながら、約束の日が早く来ることを一心に願っていた。

翌朝の空は綺麗に晴れていた。
時計が鳴る前に目が覚めたことに素直に驚きを感じる。毎晩、眠る直前に少しだけあけておくカーテンの間から洩れる朝日を見て、意識が明瞭になってくる。
身体を起こし、その場ですぐにシーツをはがした。私がシーツ類を洗濯する頻度はかなり曖昧なのだが、ふいの思いつきを実行に移した今朝は、ついでに平日床に散らかったままにしているあれこれを片付け、掃除機までかけた。
部屋の整理が落ち着いたところで、朝食の準備を始める。
最近、食パンにミックスチーズを散らして、焦げ目をつけ蜂蜜をかけるという食べ方にはまっている。だが今朝はチーズをのせる前に思いついて、クリームチーズをたっぷり塗りつけた。きっと今日はいつもよりほんの少し華やかな朝食が似合う朝だ。

シーツを干し終わる頃には、約束の時間が迫っていた。まずい、遅れそう。

ばたばたと家を出たものの、案の定待ち合わせ時間に数分遅れてしまう。一方の彼は、大抵私より先に到着している。今日に限らず。

◎          ◎

前回彼と会ったのは四月が始まってすぐの土曜日のことで、ちょうど二週間ぶりの再会だった。
「髪切ったね」
手を合わせて遅刻を詫びた後、挨拶に先行する私の言葉。それを皮切りに、テーブルにつきながら、よく冷えた水をこくこくと飲みながら、頼むものは決まっているのに何となくメニューを眺めながら、私たちは様々なことを聞いたり、聞かれたりした。運ばれてきた背の高いパフェにはしゃぎ、その後も会話は続く。スプーンを動かす手はついおざなりになり、チョコアイスはどんどんと溶けた。

飛び交う話題のなかで、ふと考える。
あなたとの約束が楽しみすぎて今日は早起きしちゃったよって言ったら、あなたは笑うかな。
早起きをして、シーツを洗って掃除をして、あなたとの今日に備えるためにおいしい朝ごはんを食べたよって言ったら、いつものやさしい顔で笑ってくれるのかな。

私より真面目に未来のことを考えている彼は、将来、住む場所にはあんまりこだわりがないんだよね、と言う。私はあくまで冗談めかして、そんなに遠くに行かないでよね、と返す。声に出すつもりのなかった本音がこぼれる。
「会えなくなったら寂しいなあ」
こぼれたものは、じわりとしみを作る。

◎          ◎

二年後にはきっともうご近所同士じゃなくなる私たち。
休日に全国チェーンのファミレスでパフェを食べて、ただただおしゃべりをする。ごくありふれた今日のような日が、私たちの未来にはあるのかな。

彼はふっと、時折見せる真面目な表情を浮かべた。この顔を私はとても好きで、たった一瞬見せたわずかな心のほころびにすら気づいてくれるやさしい彼と、今日という日を一緒に過ごすことを選んでいる。
「大丈夫。僕からいなくなったりはしないから」
だから、来週も来年も再来年もその先も、特別な理由があってもなくても、また一緒に休日を過ごそうね。