「悪い女」と聞いて、ある一人の女性が私の脳内に浮かんだ。
私の脳内で「もぴさん、お疲れ様」と上品に微笑んだその女性は、前の職場で共に働いていた一人の先輩である。

私が社会人3年目の頃に赴任してきたRさんのことは、赴任前からよく職場のお局様や女性の先輩たちが色んな意味でよく話題にしていた。とにかく美人でかわいいから調子に乗ってるとか、営業成績がいいけどそれはお客様や上司にゴマすりをしているからだとか、悪女で有名なくらい性格が悪いとか。話の内容は思い出しても気分が悪くなるくらい下品で、嫉妬心丸出しのものばかりだった。

私は噂話をしていたお局様達から当時いじめられていたし、そんな根も葉もない話になんて興味は無かったけれど、噂話を聞き流している私にも強く印象が残るくらい、Rさんは社内でも“美人で成績優秀な社員”だと評判だった。

◎          ◎

そんなRさんが同じ部署の配属になると聞いた時は、優秀な先輩と仕事ができたらきっとたくさん勉強できる!という嬉しさよりも、そんな先輩に「使えない後輩だな」と思われたらどうしよう…という不安さが圧倒的に勝っていた。それくらい当時の私は、同じ部署内の先輩達から嫌がらせやいじめを受けて心が歪んでしまっていた。

あっという間に社内で異動が発表され、Rさんと共に仕事をすることになった。
パステルカラーのトップスを上品に着こなし、背筋はいつもピンとしている。そんなRさんに「もぴさん、おはよう」と微笑みながら挨拶をされると、私も背筋がピン!と伸びて思わず「Rさん、おはようございます!」の声もいつもより少し大きくなってしまう。
大きな私の挨拶に「ふふふ、今日も元気だね」と、また微笑みながら返してくれる彼女は、社内で評判になるのが大きく頷けるくらい、やっぱりすごい先輩だった。

私が勤務していた部署は各部署を統括する大きい部署で毎日の仕事量も多かったけれど、赴任して数日しか経過していないのにRさんはすぐに一通りの仕事を覚え、あっという間に私の職場に溶け込んだ。

膨大な仕事量をテキパキと迅速にこなし、お客様への対応もとても丁寧で気持ちがいい。毎日Rさんから吸収することや新たな発見がたくさんあり、入社3年目の私だったけど手帳へメモする手は全然止まらなかった。

◎          ◎

Rさんと共に働き始めてしばらく経ったある日、何かの流れで仕事帰りに2人で寄り道をしてアイスクリーム店に行くことになった。会計後にアイスを受け取り、席に座って一緒に食べ始める。
Rさんと仕事終わりに寄り道なんて初めてでとにかく緊張していた私は、アイスをちびちびと食べながら普段から自分が不安に思っていたことを思わず口に出してしまった。

「あの……いつも私、Rさんに迷惑かけてないでしょうか?なかなか聞ける機会がないので、改善点などあればと思い……」

「なんで?全然かけてないよ。むしろ、明るくて話しやすい後輩で良かったーって思ってるよ。私も分からないことあるから、最近もたくさんもぴさんに質問してるし」

「そうですか……。でもQさんから以前仕事が遅いと言われたことがあって」

「あーQさんね、気にしなくて大丈夫。私の悪口も散々言ってたでしょ、あの人。誰のことも悪く言う人からの言葉なんて気にしなくていいの。あなたはよくやれてるよ」

◎          ◎

アイスを食べている口元はとても冷たいのに目元はじわっと熱くなる。
Rさんは自分の容姿や営業成績がいい意味でも悪い意味でもよく話題に上がっていることを耳にしていたこと、悪意の込められた噂話や批評に思い悩んだこともあったこと。そして、周囲から何と言われようと自分が正しいと思ったことは信念を持って働き続けてきて今があることを、私にアイスを食べながら教えてくれた。

「私ね、見た目からおしとやかとか言われがちだけど本当は結構負けず嫌いなの。人のことあんまり褒めたくないけど、本当に気が利く後輩だし、私は今あなたと一緒に働けて色々勉強になってる。だからもっと自分に自信を持って」

そう言って少しだけ不敵な笑みを浮かべたRさんは、あー美味しかった!と言って、空になった2人分のカップを捨てに席を立った。

仕事ができて、美人で何でもそつなくこなす、社会人としても人としても凄いと感じていたRさんに今までの努力を認められた気がして、本当に嬉しかった。
周囲の噂話があろうと、どれだけ彼女の評判について様々な憶測が飛ぼうと、今共に働いているのは私なのだから、自分の感じたことを大切にしたいと強く感じた瞬間だった。

あれから数年が経ち、社会人8年目になった今でも彼女の仕事に対する姿勢と、周囲から何と言われようと自分の信念を持ち続ける大切さは今でも尊敬している。いつかまたRさんに再会できたなら、当時の彼女の言葉にたくさん助けられて今の私がいることの感謝を改めて伝えられるように、今は目の前の仕事に対して真摯に向き合おうと思う。