直接会ったことがない人に「一目惚れ」って、信じてもらえるだろうか。
私が一時期恋仲になった人は、正直言って、顔や、体格や、一言で片づけてしまえば、見た目がタイプな人だった。もちろん彼の、最近の若者には珍しい男らしい野心とか、夢を追っている姿とか、ふたりのときに見せる少年のような笑顔とか、どっぷりと恋の沼に落ちてしまった原因はいくつもある。それでも、あんなにも情熱的に、まるで初めての恋人に依存してしまう少女のように、彼への気持ちが短期間で過熱したのは、やはり私の本能が彼を「カッコいい」と瞬時に認定したからではないかと思うのだ。
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社内恋愛の関係になった、その彼との最初の出会いは電話だった。遠い別の地方の支店で、ある商材の現場担当をしていた私と、東京の本社で管理をしていた彼。当時の私にとっては、本社の担当者という彼の存在は、顔も見たことのない、果てしなく遠い存在。それでも現場でトラブルがおきそうな時は、契約元の本社と適切に連絡を取り合う必要があった。
上司をメールのCcに入れて、「〇〇主任殿お世話になっております。」から始めていた本社の彼への連絡は、そのうちチャットで1対1でスピーディーに連絡もするようになり、顔も年齢も分からない私たち2人はいつの間にか親しい先輩後輩のような、同志のような仲になっていた。緊急性の高いときや、話が複雑なときは、電話をすることもあった。一切雑談もない、まじめな仕事の電話。それなのに、なぜか彼の電話は優しくて、説得力があって、安心して、信頼できる気がした。
現場のこちらの緊張感ある空気とは違う、電話の奥の余裕さが、かっこよかった。新卒の初めての職場から、まるで全員が敵のようなピリピリした職場で張りつめて業務をしていた私は、彼との電話やチャットで、仕事で初めて「ちょっと心が和らぐ時間」を手に入れた。後になって思い返すと、あれはすでに恋に落ちていたと思う。
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約半年後、私が急遽本社に異動となり、彼の直属の後輩になった。初日は彼が在宅勤務で会えず、2日目に初めて挨拶したときに、初対面で発覚した、タイプの見た目と、既に電話で知っていた声や雰囲気が合体して、一気に好きになってしまった。
大学に入学した頃には、恋愛相手に無意識に学歴やスペックを求めていた私。その人がどう生きていたのか背景がみえてきてから、安心できる育ちならば仲良くしてもいい、大人になるにつれて、いつしかそんな打算的な人間関係しか持てなくなっていた。
そんな私が、学歴も知らない、何歳上なのかもわからない、前職はどんな仕事をしていたのかも知らない相手に本気で恋に落ちることがあったなんて、今でも信じられない。あの時は、本気で恋をしていた。
その後、彼とはお互いの環境が変わって、約1年間で関係は清算せざるを得なくなったのだが、あの時の熱情は今でもふいによみがえる。冷静で理性的な、いや、打算的といった方がいいかもしれないが、先の人生まで想像してリスクを避けていくような生き方を送るつまらない人間でも、突如一目ぼれに心を捧げるなんてこともあり得るのだから、人生は分からないものだ。