私たちの初デートは隅田川花火大会。その日はバケツをひっくり返したような大雨ってこういうことか、と腑に落ちるような強い雨が降っていた。初デートなのに全身びちゃびちゃで、巻いた髪はボサボサだった。話し声が聞こえないからという理由で相合い傘ができたのはラッキーだったけど。
しかも、東京の花火って、見えない。高いビルに挟まれた川で打ち上げているから。ごみごみした人混みに押され、ビッチョビチョの道路を見ながら、パーンという花火の爆発音だけで花火を感じていた。
私たちはふたりとも地方出身だから、花火といえばなんの障害物もなく、丸ごと全部見れるものだった。上京して4ヶ月しかたっていない10代の私たちに、東京の花火大会を楽しむにはまだ早かったみたいだ。
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花火大会に誘ったのは私だっただけに、最悪なコンディションの花火大会へのイライラと、相手にもこれに付き合わせてしまった申し訳なさがつのる。「どうする?」と聞かれて、「もう、帰ろう」と答え浅草線の駅に向かう。すると、駅の近くの橋で行列ができていた。どうやら橋の上からだと花火が見えるらしい。
「並ばない?」と彼に提案され、「いや、もういいかな…」と答える私。「いや、最後に並んでみようよ」と彼が言うので、並ぶことにした。長蛇の列でゆっくりゆっくり前に進む。ちょうど橋の真ん中まで進んだとき、打ち上がった。それが大会最後の花火だった。
この人とこれからも一緒にいたい、と思った。いろんな景色を二人で見たいと思った。そして、付き合うことになった。
これが私たちの10代後半におけるもっともキラキラした青春エピソードの一つだ。
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彼は「来年は浴衣を着て見ようね」と言ってくれた。だが、それが実現することはなかった。それは私たちの関係性が悪化したからではない。1年前の花火大会の印象が悪すぎて、二人ともめんどくさかったのだ。花火を見るのにお金を払うほど豊かでもなかったし、ただ家でゴロゴロ動画を見るほうが楽だった。
コロナ禍なども重なって二人で遠出することは完全になくなった。デートといえば、徒歩10分以内の彼の家でそれぞれ勉強なり作業なりをして、ご飯を食べ、寝る。外に行くのは疲れるし、むしろそういうデートができる最高の関係だ。それを私たちは自覚し始めた。
二人とも社会人になったのがちょうど1年前。彼は会社の寮に入るため、電車で1時間ほどかかる隣の県に引っ越していってしまった。「今から会いに行っていい?」「いいよ!」の近さから彼が離れていくことに耐えられる気がしなかった。
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私たちの社会人生活は、本当に忙しい。平日は二人とも都内で働いているが、東京駅で待ち合わせしてデートできるような労働環境では正直ない。会えるのは週末だけ。
なかなか会えない時間を埋めるために、彼が鎌倉旅行を提案してくれた。二人でお出かけするのは3年ぶり。どんな服で行くか散々迷って、メイクもYouTubeで勉強しながらいつもよりかわいく。気分は10代のときの花火大会前のようだった。
いざ鎌倉に。着物を着て鶴岡八幡宮を回る。ここまでは楽しかった。カフェに入ると、彼が「眠い…」と言い出した。たぶん、人混みに疲れたんだと思う。もう1つお寺行きたいと思っていたが、仕方ない。私たちは帰ることにした。
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鎌倉駅に着くと「今日中に読んでおきたい論文があるから帰りの電車で読みたい」と言われた。全然良い。私が彼の時間の使い方をすべてコントロールするつもりはないので。
ただ、「デート<仕事」なんだなとは思った。もう今の彼はビチョビチョになりながら隅田川花火大会の花火の音を聞きに行くデートなんて、絶対しないだろうな〜って思った。(ま、私もしたくないんだけど)
ということで、少しすねた私は電車の中で爆睡をかまし、彼は論文を読み終わり、別々の駅で降りて帰った。
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数日後、彼が「今年の夏、隅田川花火大会行かない?」と誘ってくれた。だが、私たちは今、隅田川花火大会を楽しめる人間なのか?雨や人混みに弱い私たちが、花火は丸ごと全部見たい私たちが、そして、意味のあることに時間を使いたがる私たちが、花火大会を楽しめるのだろうか?自信がなくて、少し迷った。
色々なリサーチを経て、私はスカイツリーからの観覧がベストだと結論づけた。雨や人混みはある程度回避できるし、花火は丸ごと全部見れるだろう。そして、意味がなくとも、ただ打ち上がって散っていく花火を、二人で楽しめたらいいなと思っている。