私には人一倍考える癖がある。考え過ぎてしまう癖がある、という言い方のほうが分かりやすいかもしれない。
学問の場合には“考える”ことが求められる。自分自身が考えることによって問題と向き合い、自分の考えにも向き合うことができるからだ。学問において“考える”ことは必須と言える。
しかし、“考え過ぎる”ことは必ずしも学問においてプラスには働かない。“考え過ぎる”と自身の思い込みや価値観が思考の根底にあり、事実を自身のフィルターを通して見てしまうからだ。
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私はなんとかして“考え過ぎる”ことをやめようと試みてきた。“考える”程度に抑えておけば、自身の決めつけや偏見を通して物事を見ることが無くなる。
でも、そのようなことをするとすぐに私は「考えるとは一体何だろう」と考え過ぎてしまう。延々と“考え過ぎる”ループにハマっているのだ。
特にこの癖は大学の先生方に気づかれたくない。
余計なことを“考え過ぎる”ことなど、先生方はしないだろう。先生方はきっと論理的に客観的に物事を見る目を持っているはずだ。
そのように考えていた私は先生方に“考え過ぎる”せいで、自分の思い込みで処理してしまうという私の癖に気づいてほしくなかった。
でも癖を隠すという私の努力は実らなかった。先生方にとって私の癖は既にお見通しなのである。
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「あなた、考え過ぎる癖があるでしょう?」
そう言われたとき、私は凍りついてしまった。
「…先生はどうしてそう思うんですか?」と質問したけれどもう遅かった。
「ほら、今、間があったよね?その時にどうしようか、何を言えばいいんだろうかって考えたんでしょ?」
図星過ぎて不安になったが、見破られたくない私は即座に言い返した。
「でも、間を置く学生は他にもきっといますよね?なぜ私が“考え過ぎる”癖を持っていると思ったんですか?」
私がそう言うと、キョトン…とした顔で先生が私を見つめてきた。
「だってあなた、体が既に硬直状態だもの。常に身構えてる印象を受けたから、“考え過ぎる”癖を持ってるんじゃないかって思ったの」
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体が硬直状態…?
体が硬いとは言われたことがあったけれど、硬直状態って一体どういうことなんだろう…と私の頭はパニックになってしまった。
「ほら、今だってきっと硬直状態ってなんだ?って考え込んでるんでしょ?そんなに考えなくてもいいのに」
次々と私が思ってることを言い当てられてしまう。私の思考が読みやすいのか、はたまた“考え過ぎる”ことが裏目に出ているのか。絶対に癖を見破られたくなかった人に見破られてしまった。
私のこの癖を何度直したいと思ったことだろう。
“考え過ぎる”ことで傷ついたことも数知れず。その度に勝手に傷ついて人を不愉快にさせてきた。
ちょっとしたことが気になり、余計な気を遣い、そして“考え過ぎる”ことで自滅するのがお決まりのパターンである。
それでも私は“考え過ぎる”ことをやめられないのだ。考えれば考えるほど迷宮入りすることは分かっているのに。
考え過ぎないようにする方法を考えると、考えすぎてしまう。
私のこの思考がマシになるのは一体いつになることやら…