始めに言っておきたい。これは本当にあったことで私が変な夢をこじらせていたわけではない。あれは、まだ付き合って1年くらいのとき、私が20歳になる日のデートだった。

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当時付き合っていた恋人に「いつものかわいい水色のワンピースを着てきてほしい」と言われてそれはもう張り切ってそれを着ていくことを決めた。だってデートだから。それくらい私も単純に乙女だった。恋人が好きだと言ってくれた髪をハーフアップにし黒いチョーカーをつけて、少しシンデレラを意識したらもう気分は最高潮。どこに行ってもくるりと回りたくなるくらいには、私のテンションはあがっていた。

待ち合わせは三軒茶屋。いつも先に待っている恋人の元に駆け寄るときのヒールの音が結構好きだと私は思っていた。合流できた私たちは、最初に可愛らしいカフェにきた。
カントリー風のお店は中も可愛く愛らしいかった。

予約をしていてくれたようで、二階の窓際の席へ案内される。そしてメニューをみると、そこには私の大好きな『キッシュ』のプレートがあった。今でこそ、どこでも食べられるキッシュだが、当時はあまりこの料理をメインにおいてあるカフェは多くなかったと思う。

わざわざ調べてくれたのかと思ったら、パートナーの思いにときめいた。二人で同じものを頼み、そして会話をする。ああ、この時間がいつまでも続けばいい。本当に心からそう思っていた。

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お腹も心も満たされ、お店の人に精一杯の感謝を告げて、私たちは電車に乗った。
「どこに行くの?」ときいてみたら「ばんちゃんがいつか行ってみたいと言っていたところ」とだけ言われた。当の私はそんな話をしたことがあっただろうかと考える。……思い当たる節がない。やばいと感じながらも恋人の誘導のまま電車を降り、改札を出て、そして。
「ああ!東京タワー!」「ねぇ、絶対忘れてたでしょ」

そうだ、そうだ。まだ付き合ってもいないとき、田舎から出てきた私は「いつか東京タワーに行ってみたいの」と皆の前で言ったことがあった。まさか付き合う前のことの話題を覚えているなんて思っていなかったから、驚いてしまって、この人は本当に優しい人なのだと再確認した。

童心にかえって東京タワーにのぼり、突然の雷雨を体験し、透ける床に驚き、めいっぱい楽しんだ私たちは、周りからどんな風に見えただろうか。パートナーの横顔を見ながら、少しだけ切ない気持ちになった。

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それから、「少し早いけどもうホテルに行こう」という提案をうけ、そのままパートナーについていく。どんなホテルなのかワクワクしていたら、フロントに大きい円柱水槽がある、見るからに高級なところに連れられた。

対して大きくもない目を見開いていたら、「チェックインしてくるから待っていて」と言われ、よくわからないけどその辺りのソファに座る。やばい。あまりにふかふかしていて、今夜ここで眠れと言われても「はい!喜んで!」と言ってしまいそうだ。そんなことを思っていたら、恋人は何でもない顔で戻ってきた。

「それじゃ、部屋にいこう。」

エレベーターで割と高いところまでいき、カードキーで解錠してくれた恋人が開けてくれたそこはとても素敵なお部屋だった。「わあ、すごい」単純な私は、単純な言葉しか出すことができなかったが興奮で部屋をくるくると見渡す私に恋人は「カーテンあけてみて」といった。おいおい、まさかと思って、急いで窓際まで行きカーテンをゆっくりとあけたら、そこには煌々と輝く東京タワーがあった。

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呆然と立ち尽くす私に、恋人は「張り切りすぎたかな」とへらりと笑って見せた。「張り切りすぎだ、ばか。」口の悪い私が思わず出てきた。妙に嬉しそうな恋人がどんな私を見ているのか考えたくなかった。

正直、ここまででも十分すぎるデートだ。でも、ここで終わらないのが夢のようだった。0時を超えた瞬間、私は20歳になる。パートナーがこの時をとても大切にしてくれているのは伝わっていた。0時5分前。徐に椅子をドアの方に向けて設置した恋人が、私に「ここに座って少し待っていて」と言った。

まだ何かあるのかと驚きながらも、私は恋人の言う通りにする。カチカチと時計が進む音だけが部屋に響く。パートナーは何をしているのだろうか。カチカチ、ドクドク、時計の音と自分の心臓の音がリンクしていく。そして、

ピピピ

恋人の携帯が0時を告げた。その瞬間、恋人は私の前にきて、「どうぞ、お手を」とまるで王子様のように私を誘導する。よくわからない頭で、私は目の前の手を取りゆっくりと振り返った。

そこには、手作りのフラワーロードとその先に椅子とテーブルがあった。
テーブルの上には、大きな本が置いてある。ドクリ、ドクリと高鳴る心臓。
ああ、もしかして。

ほとんど泣きたくなる気持ちで、私は恋人の手を握ったまま椅子に座りそして「お誕生日おめでとう。どうぞ、あけて。」王子の彼はそういった。ゆっくりとリボンを解いてその本を開くと、そこにはガラスの靴が入っていた。

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ああ、どうしてだろう。どういうことなのだろう。

「ばんちゃんの幼いときの夢、シンデレラになることだったんでしょう。素敵な夢だと思ったから叶えたかった。誰でもない自分が」。

そう微笑む目の前の恋人は、王子でもあり魔法使いでもあった。
「この本のようにたくさんの物語をこれからつくっていこうね。」そう言われて、たまらなくて、私はもしこれが夢でも、もしくはいつか解けてしまう魔法でも、それでもいいと思うくらいに目の前の愛おしい人を抱きしめた。

幼い頃の夢を叶えてくれた、魔法使い。それはまるで御伽噺のような現実の話。