新卒から7年勤めた職場を辞めたのは、今年の3月のことだ。通帳に刻まれた退職金の数字を見て「これが私の20代の金額かあ」と感慨にふけってから早2ヶ月。退職金に甘えてのんびりと構えていた私は、現在進行形で無職の身を楽しんでいた。まさに人生のオフ期間。目覚まし時計を使うことも、電車で鮨詰めになることもない生活は、恐ろしいほどあっという間に社会人としての感覚を忘れさせた。もはやどうぶつの森の生活である。

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そうした生活をするうちに大きく変わったことのひとつが、冷蔵庫の中のストックだった。

実家を出て一人暮らしを始めたとき、私の生活から牛乳が消えた。もともと好んで牛乳を飲む方ではなかったのが理由としては大きい。実家にいる間も、牛乳のままで飲むよりココアにするタイミングの方が多かったくらいだ。そのまま飲むとしてもパンを食べるときに限るし、冷えているうちに飲み切れる量しか飲まない。冷蔵庫から出してしばらく経ったような、生ぬるい牛乳はごめん被りたい所存である。この性質は妹も同様のため、4人家族にしては牛乳1パックを消費するスピードは遅い家なのではないかと思う。

そんな状態で一人暮らしをしてしまえば、牛乳とはますます疎遠になった。シチューやホットケーキを作りたいときに購入することはあれど、期限の短い牛乳のことだ。1ℓパックを選ぶことはなかった。

つまり近年、私の中での牛乳は飲み物としてのカウントではなく、「目的あって購入する食品」という扱いだったのだ。

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久方ぶりに牛乳を購入したきっかけとなったのは、退職時のプレゼントとして、複数人からドリップコーヒーを頂いていたことだった。読書を楽しみたいこのタイミングで、飲み物のストックができるのはありがたい。ブラックコーヒーとはお腹の相性が悪い私は、いそいそと牛乳を買って帰った。

コーヒー好きの人というのは一定数いる。実際、私の友人にも「カフェイン中毒なの?」というくらいにコーヒーを常飲する子もいる。一方私はといえば、気分が乗れば飲むくらいのもので、メーカー等もとくにこだわりはない。OLの間は、お湯を注げばカフェオレになる、スティックタイプのものにお世話になることが多かったくらいだ。手軽で効率的。職場のお供にするには最善の選択だろう。

ドリップコーヒーの袋を開けた瞬間、深く息を吸い込みたいような香りがした。粉全体を湿らせるようにお湯を注げば、それはますます深くなる。コーヒーの中に牛乳を注ぐと、色と一緒に香りまでまろやかになった気がした。淹れたてのカフェオレの熱で、マグカップの縁まであたたかいのが唇に伝わる。鏡も見ていないのに、自分の目がまんまるくなるのがわかった。ちゃんと牛乳を使って淹れたカフェオレは、こんなに美味しいのだというシンプルな感動が、そこにはあった。

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そういえば、ここ数年の平日は自宅で朝食を食べる余裕もなかったナア、とトーストを噛みしめてみる。朝だか昼だかわからない時間に起きられる生活になってから初めて、我が家の陽当たりがよくないことを知った。それでも、カーテンの向こうではたしかに、軽やかな陽光がきらめいている。

どろどろになったトーストのかけらを追うように、白っぽいカフェオレが喉の奥を滑り落ちていった。美味しい、と素直に思った。ぜいたくでささやかな幸せだ。その日から、私の冷蔵庫に1ℓパックの牛乳が暮らすようになった。

私にとって牛乳とは、ゆとりのある生活の象徴だったようだ。