「早く結婚したい」
そう口にしていたのは、22歳のわたし。
自分史上、結婚したい欲が一番強まっていた時期だ。

「結婚しても、しなくても、どっちでもいい。」
「いい人がいたら、そのときに」
そう思っているのが、今のわたし。27歳。

「早く結婚したい」と言っていたわたしはもういない。

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22歳のわたしは、自分に自信がなくて、恋人という自分を肯定してくれる存在がいないと、精神が不安定になるようなタイプだった。自分で自分を認めてあげられなくて、でもこんなわたしを好きと言ってくれる人がいる。その事実が何よりの支えだった。

そんなわたしが変わったのは、25歳のときだった。当時、元同僚の年上の先輩と付き合っていた。「元」という表現をしたのは、彼が会社を辞めてニートもどきになっていたからだ。上司のパワハラに心がやられてしまい、会社を辞めるに至った。

ニートもどきになってからも付き合いは続いていたが、いつからか食事代も、ホテル代も、全部わたしが出すようになってしまった。最初は「心が病んでしまっているから」「まだ仕事が見つからなくてお金がないから」と援助する気持ちでいたのだが、半年以上その状態が続くといよいよ私も疲れてきていた。

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ニートもどきの彼にお金を払っているのと同じタイミングで、未経験の業界に転職をするために勉強を始めていた。自分のやりたいことに向かって努力ができている、行動に移せていること。小さなことだが、それが自分の自信につながっていた。
そしてそんな日々を続けているうちに、「自分一人でも怖くない!わたしは何にでもなれる!」とポジティブ思考に変わっていった。

そんな中で私とニートもどきの彼との関係を考えたとき、「そこに愛はあるのか?」よく見るCMのワンフレーズが浮かんだ。

私はこの人を好きなのか?そしてこの人は私を好きでいてくれているか?
私はきっと、私のことを好きと言ってくれるこの人に依存していただけだ。
そしてこの人は、私のことを美味しいご飯を食べさせてくれる人だと思っているだけだ。

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わたしと彼の関係は終わりを告げた。
わたしは自分の足で立てる人間になっていた。
自分を認めて、愛してあげられる人になっていた。

22歳の私は、自分の存在意義が本当に分からなくて、でも誰かに認めてほしくて、不安で不安で仕方がなかった。そんなときに、結婚にすがっていたのだと思う。

今になって考えると、22歳のわたしが本当に手に入れたかったのは、専業主婦になって、働かなくてもいい日々。周りの人と同じ、よくある、普通の人生を送る自分。

寝ることが何よりも大好きなわたしは、社会人になり、週5日早起きをして仕事に行くのが本当に嫌だった。
そんな毎日から解放してくれる結婚。
(今の時代、結婚=専業主婦なんて短絡的すぎるのはご愛嬌だ。)

30代でも独身のまま。やっぱり勇気がいる。
自分ひとりで生きていけるだけの力があるだろうか。
友人や同僚は、どんどん結婚していく。
SNSに「婚約しました」の報告が増える。
そんな周りと違う不安から解放してくれる結婚。

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そもそも、結婚ってなんだろう。
何のために、結婚をするんだろう。
結婚して変わることといえば、戸籍上の家族になることくらいではないか。

「結婚おめでとう」と言うとき、これから先の人生をともに歩んでいきたいと思える、そんな人に出会えてよかったね、と思っている自分がいる。

この人と人生をともにしたい。
良いことも悪いことも、全部ひっくるめて一緒に経験したい。
わたしが一番、この人のそばにいたい。
結婚って合法の、最高レベルの束縛だ。

こんなことを考えて、冷静に文字に起こしているわたしは、きっとちょっとどこかおかしい。でも、共感してくれる人がどこかにいるって信じてる。

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結婚は焦らなくってよくて、本当に自分の人生を大切にしてほしい。
結婚に焦っていたときは、自分が見えていなくて、大切にできてなかった気がする。

結婚したいと思っているなら、自分の歩みたい人生を突き進んだ先に、出会える人がいるはずだよ。
結婚願望がなくても、何もおかしくないし、あなたはひとりで生きていける、強くてかっこいい人だよ。

そう自分に言い聞かせてる。
自分の人生を幸せにできるのは、いつだって自分だから。