「一目惚れしたこと」。
このテーマを見れば大抵は運命だと信じて疑わなかった恋や、人生をかけて夢中になった大恋愛を思い描くと思います。
しかし私が一目惚れした相手は人間ではなかったのです。
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知らない世界に足を踏み入れた時の衝撃を忘れられる人はいますか。
私はあの出会いを忘れられないまま大人になってしまいました。
あれは11年前の冬、友達の紹介で地元の劇場にミュージカルを観に行った時のことです。
初めて入る大きな劇場に妙な緊張感を抱きつつ、ふかふかの赤い椅子に座り、小さい私の短い足はぶらぶらと空を蹴って居場所を探しました。
開演を知らせるベルが鳴り、劇場内は真っ暗に。
先ほどまで響いていた話し声は消え、静まり返る客席の緊張感に私の足も動きを止めました。
身体が振動するほどの大きな音で生演奏が始まり、舞台袖から50人ほどのキャストが踊ったり歌ったり、何人かで会話なんかしながら登場しました。
ひとつのきっかけに合わせて全員が一斉にこちらを向いて歌い出す。そしてまた踊る。
正確な立ち位置、揃ったダンス、同じ身体とは思えないほどしなやかに動く人。
どれも見たことがない私は一瞬にして目を奪われました。
いくつものライトを浴びながら楽しそうに歌い踊る彼らは、私が今まで見てきたどんな景色より美しく、輝いて見えました。
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気が付けばここが劇場で私は観客であることなんて忘れて目の前の柵に手をかけ、2階席から落ちてしまいそうなほど身を乗り出していました。
ひとりでも欠けたらバランスが崩れてしまいそうなほど正確に計算された動きはムダがなく、あちらのペースに巻き込まれて私まで踊りだしてしまいそうでした。
私の世界で一番綺麗なものは近所の公園から見る工場地帯の夜景でした。
やりたいことを考えたことなんてありませんでした。大人になったらどこかの会社に勤めて人並みに恋愛して結婚するんだろうと思っていたし、大した夢や理想もありませんでした。
しかし、目の前の彼らはどうでしょう。
あのライトを浴びながら歌い踊る彼らを見た瞬間、私の生きる世界は変わりました。
この煌めきの一部になるんだと決めました。たくさんのライトを浴びて、やりがいを持ってここに立っている彼らは、私の好きだった工場夜景と比べられないほどの輝きで私を魅了しました。
その瞬間から私は演劇の虜になりました。
地元の団体で市民ミュージカルに参加するようになり、オペラやダンスイベントなど様々な舞台に立つようになりました。
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初舞台の最後、カーテンコールで客席に向かって手を振った時、私は惚れ直しました。
その景色はあの冬一目惚れした舞台上よりも一層美しく、客席から見ていた大量の照明は今、私のことも照らしてくれています。私もあの煌めきの一員になれたのだと実感し、まるで初恋を思い出した時のような高揚感が私を包みました。
今までどんなことも長続きしなかった私が一目惚れしたあの日から10年以上飽きることなく愛しているのが演劇です。
どんな劇場でどんな演目をしても最後には必ずあの日の景色が脳裏に浮かびます。
その度に「出逢えてよかった」と心の中で呟くのです。
あなたに出逢えていなかったら、きっと私は大した夢や理想もないまま人並みの大人になっていたでしょう。
あなたは私の人生に夢を教えてくれて、希望を抱かせてくれました。
私の運命を大きく変えた演劇との出会いを忘れられるはずもなく、大人になった今でもその魅力に惚れっぱなしです。
今後、演劇の新たな一面を見つけて惚れ直す日を夢見て、私は今日も演劇をします。