私が大洋州の南の島に住んでいたとき、毎週過ごしていた理想のデートがありました。日本のようにキラキラするようなデートはできませんでしたが、娯楽がなかったからこそできる、今思い出しても好きな時間の使い方だったと思っています。

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まず、土曜日の朝7時に自宅近くの集合し、海岸沿いをランニングします。自宅から街中心部の公園まで2.5キロを全力でダッシュ。当然、彼が先にゴールしてしまいますが、戻ってきて今度は私のペースに合わせてゴールに向けて走ってくれました。到着後、復路はジョギング程度で戻ります。普段とは違うスポーツ用の眼鏡をかけた彼は一段とカッコよく見え、汗で光る首に恍惚と魅入ってしまうほどでした。運動距離はトータルで5キロ。これを土曜日の朝にするのとしないのでは、週末が終わった時の満足度が全く違うのです。なにを食べても、食べ過ぎても「朝に5キロ走ったし」と私なりの免罪符になってくれるのです。

それから自宅にそれぞれ戻り、シャワーを浴びたり、洗濯をしたり、平日に積み残した家事を終わらせ、午前中のうちに持ち帰った仕事を片付けます。自宅で昼食までを済ませて、14時すぎにまた彼と待ち合わせをします。2人の趣味になっていたキャッチボールをするためにタクシーで隣町の夕日がきれいに見える公園に向かいます。2ヶ月に1度、日本人会VS現地のチームで野球マッチをしており、彼が大活躍していたことをきっかけに小学生からずっと野球をやっていることが分かりました。グローブすらもはめたことがなかった私は当然、試合に出れるわけもなく、見かねた彼が毎週野球特訓会を開いてくれるようになり、それが2人の毎週の過ごし方になりました。いつもは優しく、ゆっくり話す彼の口調が少しだけ荒くなるのはグローブをはめたときしか見ることができない貴重な様子でした。日が暮れるまでキャッチボールやゴロの練習をし、地平線に沈んでいく夕日は2人でベンチに座って眺めると決まっていました。そうすると彼はいつもサザンオールスターズの『真夏の果実』を歌ってくれるのです。2歳年上、当時26歳という年齢の割に渋めな選曲をする彼のセンスもまた好きなところでした。

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それからはまた別行動で夕食の買い出しに向かいます。私はいつも飲みもの担当で、スーパーでビールを買って彼のアパートに向かいます。彼は食材を買ってくることもあれば、気分でレストランのテイクアウトを利用することもありました。それから彼の自宅で夕食をとり、その後は一緒に勉強をしたり、映画を観たりして1日中動き回った体を休めます。運動が苦手で体育の授業でさえも避けてきたので、高校時代の友人がこの休日の過ごし方を知ったら驚くことでしょう。でも少しランニングのタイムが良くなったり、キャッチボールが上手くなったりすると彼が存分に褒めてくれるのです。彼と一緒になら体を動かすことが好きになれましたが、それ以上に褒めてほしくて頑張っていたと言っても過言ではありません。

交際が禁止されていたわけではありませんが、立場上、良しとされる関係ではなかったため、なるべく2人でいることが見られないように配慮していました。狭い日本人コミュニティの中で、噂になってしまうと少々面倒なことになりそうだったからです。そのため、キャッチボールをするだけのために隣町まで行き、買い物も別々、外食もできずにいつも彼の自宅で食事をしていました。普通のカップルのように街を歩いたりできないことは少し寂しく思っていましたが、2人だけの内緒を共有するスリルのようなものがありました。移動や待ち合わせに不便することが少なくありませんでしたが、私が「面倒をかけてごめんなさい」と謝るたびに、「好きで会いたいと思っているから問題ない」と言ってくれる彼の優しさにいつも甘えていたデート時間でした。