私は強者でありたい。それはともすれば、酷く昏く寂しい旅だ。ああ、左腕に刺された針から何かが身体に入ってきて脳に向かって登ってくる。怖い。脳がこのまま食べられ、あ、万華鏡が見える、キラキラしてるなあ、そういえばわたしまだやらなきゃいけないしごとがのこってたな、はやくかえらなきゃなんでここにいるんだっけしごと、あ、おかあさ、んにでんわ、しなき――

「終わりましたよ、わかりますか」

執刀医に声をかけられて目が覚める。麻酔に落ちていく瞬間はいつも死を感じる。そして、死の淵から戻ってきたような感覚がある。大抵はうまく顔が動かせなくて、執刀医の言葉に頷いたり、うー、だとか、あー、だとかの無様な声を出して反応する。

鏡を差し出されて見せられても、すでに腫れたり縫い跡のある顔では何もわからない。看護師が手術室から私の乗ったベッドを運び出していく。私はただ静かに重い腕を上げて胸の前で手を組み祈る。神様。どうか少しでも私が完成に近づきますように。

これが私の整形。

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可愛い、可愛いと親に言われて育てられてきた。私はエラの張ったベース顔で、鼻は小さく低かったが、目だけは二重で大きく自慢だった。目が大きくて二重で可愛い。二重から整形をはじめる人が多いというが、私は顔の粗を補って余りあるほどの目を持って生まれた。いつの時期も私の顔が好きだと言ってくれる人はいたし、私には整形は必要なかったのかもしれない。

私が本格的に整形をし始めたきっかけは、摂食障害を患ったことだった。ストレスで声が出なくなり、食べられなくなり、仕事ができなくなった。仕事は私の存在を私が肯定するための大切な要素で、それを失った私が執着し始めたのは、美だった。

この社会において絶対的な強者は二種類いる。稼げる者、すなわち自分から価値を生み出し資本に変えられる人。もう一つは美しい者。芸能人や有名キャバ嬢が神聖視されるのはこの2つを兼ね備えているからだと思う。

摂食障害になるまで私は「稼げる」ことに執心してきた。それを失った瞬間、私は思ったのだ。痩せた身体で、圧倒的に美しくなければ、私は弱者になってしまう。美しくならなくては。美しくならなければ。

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整形と言ってもいろいろだ。プチ整形から、骨を切るようなもはや大手術と思われるようなものまで。私が選んだのは、大きく顔を変えることではなく、自分の顔を極力完成させていくという道だった。

頬の内側の脂肪を取った。
顔全体の要らない脂肪を取った。
鼻先を高くした。
唇と鼻を近づけた。
目の距離を近づけた。
顎を尖らせた。

可能な限り自分の顔を残して、「整形した?」と気付かれず、なんか綺麗になったかな、と思われて成功。そんな微妙なラインを狙いすまして手術台に今も登り続けている。

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ある時気づいた。稼げること、には相対的・絶対的な評価があるが、美しさ、にはそれがない。気づいた頃には遅かった。もうやめられない。止められない。これは私の戦いだ。

私は私を完成させて、強者になる。美醜の悪魔に取り憑かれた今、いつ整形をやめられるのかわからない。たまに怖くなるが、それでも進み続ける。

だって、世界の中で私が、私だけが、私こそが、自分を肯定できなければ意味がないのだ。私は自分が完成する日を、そんな日は来ないかもしれないと薄らに気づきながら、今日も待ち続ける。