歌番組で女性アイドルグループが歌っていたとき。
ファッション誌をぱらぱらとめくっていたとき。
目的地へ向かうため、ゆらゆら電車に揺られていたとき。
人が行き交う街中を歩いていたとき。

甘い蜜に誘われて自然と花に留まるミツバチのように、視線がすうっと吸い寄せられる。
そんな魅力的な蜜の気配を漂わせている女性は、大抵ショートヘアであることが多かった。
私は昔から、ショートヘアの女性への憧れをとびきり強く持っていた。

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何故、と具体的な理由を問われても上手く答えられない。「好きになるのに理由なんてない」どこかで聞いたことのある言葉ではあるものの、ショートヘアの件に関しては私も同意見だ。頭で理論をこねくり回すよりも先に、すでに心が惹かれてしまっている。「いいな」「素敵だな」と、理性ではなく感性が大きく動いている。

と言いつつ、これまでの私の人生は髪を長く伸ばしていることの方が多かった。
ショートヘアに対して憧れを抱いているのは間違いないものの、それと同じくらいのボリュームで苦い記憶も持ち合わせていた。

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小学校に入学する頃のことだった。
長かった髪を、有無を言わさずばっさりと切られた。今でこそ美容院に行けば、たとえばインスタグラムで保存した画像を見せながら「こんな感じで」と伝えられるものの、当時の私はまだ5歳。髪型に対して自分の主義主張は特段持っておらず、ただただ鏡の前で大人しく座っていることしかできなかった。それが当たり前のことだった。

とはいえ、髪を切られた後の自分の姿を鏡越しに見て、愕然としたことは今でもうっすら覚えている。
耳が綺麗に見えるほどに短くカットされた髪。ベリーショート、といえば何となく聞こえはいいものの、私は鏡の中の見慣れない自分をポジティブに捉えることができなかった。

もっとストレートに言えば、「全然可愛くない」と思った。こんな姿で、新たに始まる小学校生活を迎えなければいけないのかと不安も大きく募った。友達はできるのだろうか、教室には馴染めるのだろうか、と。

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入学式の日に撮った写真は今でも残っているが、どれを見ても私はあまり笑っておらず、何とも言えない曖昧な表情を浮かべている。

そんな幼少の記憶をトラウマのように抱えつつも、それでもショートヘアそのものを嫌いになることはなかった。自分には似合わなかった髪型で輝いている人を見るたび、「どうしたらあんな風になれるんだろう」と羨望はより色濃いものになった。

しかし、「ショートヘアは美人じゃないと似合わない」「目鼻立ちがはっきりしていないと似合わない」「頭が小さくないと似合わない」そんな、ネットだかテレビだかで見聞きした言葉も大きなバイアスをかけてきた。
「好き」と「似合う」はきっと別物。不恰好な姿を晒さないためにも、身の丈に合ったものを選び取るのが最も無難なのだろう、と。

いつからか、伸びた分だけ2〜3㎝ほどカットし、大体同じ長さを保ち続けるようなヘアスタイルが定着するようになった。長さとしては、肩につくかつかないか程度。いわゆるロブヘアだ。

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極端に長すぎず、うっとうしければ結ぶこともできるそのヘアスタイルは扱いが楽ではあったけれど、だんだんと退屈を覚えるようになってきた。

美容院に行っても、毎回同じ注文。髪は染めているもののブリーチはしていなかったため、あまり綺麗に発色はしない。2週間も経てば色落ちしてしまい、毎度同じような味気ない茶髪になる。鏡の中の自分は、いつ見ても変わり映えがしない。

苦い記憶もバイアスも、どちらもしっかり残ってはいたものの、それでも今年の春先、私は急に思い立った。

「もう、飽きちゃったな。思い切ってイメチェンしよう。髪を短くして、色もハイトーンにしよう」と。

5歳の私は当然のことながら黒髪で、化粧もしていない。
いくら髪をあの頃のように短くしたからと言って、あの頃の自分がそのまま再現されるわけでもない。きっと、また違う自分と鏡越しに出会えるはずだ。

もし、もし仮に似合わなかったとしても。今の私は基本的にフルリモートだ。似合わぬ姿を日常的に晒すのはせいぜい夫の前でだけ。夫に対してなら、「イメチェン失敗しちゃった!まあこんなこともあるよね」と笑い飛ばすこともできるだろう。きっと夫も、「髪の毛なんてすぐに伸びるって」とのんきにフォローしてくれるだろう。

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長年の憧れと好奇心に身を任せ、迎えた当日。
全頭ブリーチをしたため、なかなかの長丁場になった。
そして、「お待たせしました」という美容師さんの言葉を合図に、恐る恐る目の前の鏡を見つめた。

かつて感じていた退屈も、つまらない気持ちも、一気に払拭された。ただそれと引き換えにじわじわと押し寄せてきたのが、「これは果たして似合っているのだろうか」という疑念と不安。

切る前は、「似合わなかったら似合わなかったで」とどこか開き直っていたような節があったけれど、いざショートヘアの自分が現実のものになったら途端に心細くなってしまった。

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その日の夜、夫が帰ってくるまで私は気が落ち着かなかった。
帰宅した夫の第一声は、「うわあ!陽キャがいる!」というおどけたものだった。私が「真面目に評価して」と懇願したら、「え、めっちゃ似合ってるよ。もうこれからずっとショートヘアにしなよ。すごく良いじゃん」と手放しで褒めてくれた。

それはもしかしたら私に配慮した上での盛られた言葉だったのかもしれないけれど、それでもようやく少しだけ安心することができた。

髪を短くしたからといって、これまで憧れ続けたような女性になれた自信はまだ持てていない。
それでも、頭だけでなく、心もどこか軽くなったような気がする。イメチェンをした影響で、これまではあまり着たことのなかったジャンルの洋服を手に取るようにもなった。

徐々に慣れつつはあるものの、髪型を変えてからまだ数ヶ月しか経っていない。

ショートヘアをより自分に馴染ませていくために、私は今の姿をしばらく楽しみ続けることにする。

そしていつか自分も、魅力的な蜜の香りを放てたら。

そんな、心密かなひとりごと。