「すみません、体調が安定せず…働くことが難しいので辞めさせていただきます」
この台詞を何度言っただろうか。そのセリフを言うことすらできず、ひっそりと、あるいは逃げるように辞めていった会社が何社あっただろうか。

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私は、20代の半ばを過ぎた今でも「働くこと」から逃げ続けている。
仕事で何かトラブルがあるごとに、過呼吸や解離症状を起こし、通勤することすらできなくなり、結局退職する。その繰り返しはもう二桁を超す。「もう来なくていいよ」という形で退職した仕事まで含めると、辞めた会社はもう数え切れないほどだ。
発達障害を持つ私は20歳になる前、初めて医師から障害告知をされたときにこう言われた。

「特性、得意不得意の差と言えばいいかな。そういったものを考えたときに一般企業で働くのは難しいと思います。」
それでも私は、信じていた。いや、信じていたかった。「ちゃんと真面目に頑張れば普通に働ける」と。

しかし実際に働き出すと、障害特性から来るミスの連発、対人関係のトラブル、そして体調不良。結局繰り返す退職。

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自己管理ができていないと言われればそれまでだ。確かにそのとおりだろうと思う。
それでも私は私のやれるだけを精いっぱい、がむしゃらに頑張ったのだ。
自己管理も対人関係も苦手分野でどれほど頑張ってもうまく行かなかったけれど。

21歳のときに辞めた家庭教師を最後に私はおよそ5年間仕事をしなかった。
完全に心が折れていたのもある。だけど何より、ようやく受け入れられたのだ。「仕事をする上で足を引っ張る障害特性」のことを。

私の障害特性で仕事上不利になるのは、視野の狭さ、空気の読めなさ、優先順位のつけられなさと挙げ始めたらきりがない。

だけど働こうとがむしゃらに、様々なバイトに手を出していたときには、「そんなもの誰だって持ってる。努力さえすれば乗り越えられるんだ」と思っていた。それでうまく行くのなら障害と呼ばれるほどのことにはならないという現実に蓋をして。

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その現実を受け入れるのは苦しかった。私には私なりのプライドがあり、みんなと同じようにやれるはずという思いもあり、その思いやプライドを捨てないと受け入れられない現実だったからだ。

だけど、そのプライドを捨てて相談に行き通うこととなった就労移行支援事業所やB型作業所で、私は私自身と向き合う時間をたくさんもらった。周りの友達が皆立派な社会人になっている中で焦りもあったけれど、その時間は私にとって必要な時間だったと思う。
私は「他者ができること」で、できないことがとても多い。それが働く上での躓きとなり、いくつもの仕事を退職する要因になった。

私は苦手分野が人より多くて、メンタルも人より弱くてすぐに逃げ出しそうになる弱虫だ。
そんな私を、障害があることも含めまるごと受け入れてくれた現在の職場さえ、環境の変化で通えなくなり休職という道を選ばざるを得なくなるくらい色々なものに躓いてしまう。
そして躓いたらその環境そのものから逃げてしまう。

でもそうやって仕事から、働くことから逃げることで私は私の弱さを目の当たりにし、それらを受け入れるためにもがいてきた。「私は○○ができない」という事実をすんなりと受け入れられる人はどれほどいるだろうか。自分の弱さを受け入れるということは痛みを伴いなかなか受け入れることは難しいように思う。

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私は弱い。ちょっと躓いたらすぐ逃げてしまう弱い人間だ。
だけど、仕事から逃げたことでその弱さと真正面から向き合う機会を得て、その弱さとの戦い方を学ぼうとしている今の私がいる。

「弱さ」は「悪」ではなく、自分が成長するための「課題」なのだと最近思えるようになった。この先の人生、私はやっぱり弱いままだろう。だけどその弱さと、自分のできないことと、障害特性という現実に向き合いながら自分のペースで生きていけたらなと思う。