『石橋を叩いて渡る』という言葉があるけれど、私の人生は『石橋を築いて渡る』。みんなが歩いている道から外れ続けた今の私の人生には石橋が用意されていない。だから、川にたどり着いたときは、おっかなびっくり石橋を築いて渡ってみている。たまに、自分の設計ミスで石橋から川に落っこちることもあるけれど、また流れ着いた先で石橋を築いて先に進んでいる。
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私は22歳の通信制大学所属の大学生。そして、留年が確定している4年生。小学校の頃は、保健室のお世話になりまくり、中学生で不登校。高校は通信制を選び、無事卒業。
進学先は専門学校だったけれど、2か月で辞めた。そこから3か月ほどアルバイト生活をしたけれど、続かなかった。母校のキャリア相談を受けて、秋入学で通信制の大学に入った。現在は教育関係のアルバイトと、動画編集のアルバイトをしながら大学生活を送っている。中学校に行けなくなった時点で、私の人生に用意されていた石橋は用無しになってしまった。
高校まではキャリア相談窓口があったため、卒業生の築いてくれた石橋を借りることもできた。しかし、通信制大学にはキャリア相談をできる窓口がなく、就活をするにしても、進学をするにしても、自分で石橋を築かないと進めない。窓口がないだけでなく、先輩後輩のつながりも薄いため、先輩の石橋を拝見させてもらうこともなかなかできない。
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私は来年度行う予定の卒業研究が終われば大学を卒業する。でも、いまだに卒業後の進路は決め切れていない。人生のロールモデルが見つけられない私は、どの目的地に向けて石橋を築くか迷っている。
第一候補の目的地は大学院。しかし、まだ卒業研究の計画しか立てていない段階なので、研究することが私に向いているのかもわからない。どの研究室がいいとか、どの大学院がいいとか、目的地がかなりぼやけている状態だ。本当にここを目的地にしてもいいのか日々自問自答している。
第二候補は動画編集の仕事を本業にすること。でも、この目的地は歴史がすごく浅い。今は需要のある市場だが、数年後にはすたれてしまう可能性も否定できない。コロナ禍だから需要が一時的に増えているのかもしれない。
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もしそうならば、今後需要が減って供給過多になってしまう。そうなったときに、今以上に仕事を増やせるのか疑問が残る。不安定すぎる場所を目的地にするほどの勇気を私はまだ持てていない。
だから、どこに向けてどんな石橋の設計図を作ればいいのか悩んでいる。本来であれば、大学卒業前のこの期間に石橋を叩いてみるのだろうが、私には叩く石橋がない。
まずは、築いてみないと叩きようがないのだ。そして、ここで大学院への石橋をうまく設計できて渡れたとしても、次は大学院を卒業した先の石橋の設計を考えなくてはならない。動画編集の石橋をうまく設計できて渡れたとしても、その後のキャリアアップの石橋をまた設計しなければならない。石橋のない人生は不安の連続だ。
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石橋が用意されていない人生は不安が多く生きにくい。でも、私は元々用意されていた石橋を渡る人生のほうが生きにくかった。だから、将来の不安も、周りとの違いも受け入れて石橋を築き続けている。設計を失敗して川に転落したり、渡ってみたら行きたかった行先じゃなかったりするけれど、現在地より前進するために石橋を築いている。
私は、石橋のない人生の生きにくさを知っている。だから、私の生き方が誰かの石橋になれたらいいなと思う。不登校を選んだ誰かの、通信制高校を選んだ誰かの、通信制大学を選んだ誰かの、石橋のない人生を歩もうとしている誰かの石橋になりたい。少しでも共通点がある人たちが、石橋を必要としたとき、私の設計した石橋を叩きながら使ってみてほしいと思う。