歌舞伎町というとどんなイメージを持っているだろうか。
大抵はホストとキャバ嬢が集う街。

日本の中で一番デンジャラスな街というイメージだろう。
そしてそのイメージ、いや、それ以上に狂っているのがこの街だ。
ポイ捨て、歩きタバコ、立ちんぼと呼ばれる売春行為なんてざらだ。
まだそんな人達は話が通じるからいい。

奇声を発し暴れる人やぶつぶつ呟きながらビニール袋を引きずる家なき人、
かと思えば明らかにダメなやつを体に入れているだろう外人、
このあたりにおいてはいつ何をしでかすかわからない分、より一層怖い。
そんな街の地下街に住む様になって約半年。
自分でも情けない限りだ。
30歳を目前に家なき子になるなんて。

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私がここでこんな生活をしている理由はさておき、そんなデンジャラスな街にも優しさは存在する。むしろこんなデンジャラスな街だからこそ、誰でも受け入れてくれる世界なのだ。
私は家なき子としてネットカフェ難民として生活している。

1人目の天使に出会ったのは一つ目のネットカフェでの出来事。
毎朝清掃に来るぽっちゃりとしたおばさんだ。
その肌艶の良さとふくよかな体型のせいで一瞬で覚えてしまったし、
女子トイレの清掃は大抵彼女だったから、一方的にだけれど知っていた。
ここから先は少し汚い表現が入るのでご了承願いたい。

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私は食べたものを吐いてしまう。
それが公共のトイレだろうと家だろうと。
そして当たり前の様にネットカフェのトイレでも。
ダメと分かりつつやめられない。

けれど目について追い出されるなんてことも避けたい私は、
人目を盗んで食べたものをトイレに戻していたけれど、ある日運悪く清掃のタイミングと被ってしまった。かと言って吐き気を止められるわけではない。

ごめんなさい。
心の中で唱えながら吐いているとおばさんはドアをノックした。
「すいません」とっさに謝ると、「飲み過ぎたのかなあ?頑張るのも大事だけど頑張り過ぎなくていいんだよ。頑張ってえらいね」怒るどころか私に労いの言葉をかけて出ていった。

「すいません、ありがとうございます」
そう返すのが精一杯だった。
それからしばらくして私はネットカフェを出禁になり、違う場所へと移る。

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新しいネットカフェはより一層歌舞伎町感が強かった。
トイレの数も少なく、トイレで寝てしまったり、何故かトイレに引きこもったりする子も多数いた。

とはいえ私もそんなうちの1人で、1日3回ほどトイレにこもっては吐いてを繰り返していたある日、コンコンついにドアをノックされた。そして「吐いてるよね?」と、一言。

「すいません、すぐ出ますので」その時も私はそれしか言うことが出来なかった。
けれど返ってきた言葉は予想外のものだった。

「喉やられちゃうからお水飲みなよ、持ってきてあげようか?」
それを聞いた瞬間涙が溢れてきて止まらなかった。
落ち着くために一呼吸おき、「ありがとうございます、大丈夫です、ありがとうございます」

そう伝えると「倒れない様にね」と、いい彼女は去っていった。
従業員なのかお客さんなのか分からないけれど、
そんな彼女の優しさに久しぶりに1人で号泣した。

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私は長い間戦っている摂食障害と本格的に向き合おうとここ3ヶ月ほどたくさんのところに出向いた。
けれど、どこにも受け入れてもらうことができなかった。
自立支援センターや病院、美容クリニックにカウンセリングルーム、自助団体と考えつく限りの場所は向かい、すべての場所に居場所がなかった。

健康だけど健康じゃない私は、病人にも健常者にもなれず、どちらのフィールドにも混ぜてもらえず、体が言うことを聞かないこと以上に、どこにも受け入れてもらえないやるせなさに憤りを感じていた。

だからこそ彼女達の言葉がより心に沁みた。

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私は弱さを食べ物にぶつけるけれど、それがホストだったり、お酒だったり、地べたで朝まで語り合う友達だったり。
どこかしらやるせなさを感じた子達が受け入れてくれる場所を探して歌舞伎町にやってくる。だからこそ無法地帯になってしまうのだけれど、だからこそ弱いものも温かく受け入れてくれる。

今は到底無理だけれど、お金をもっと稼げる様になって、もっと自分に余裕ができたら、
私が出会った2人がしてくれた様に、追い詰められた子達に優しさを与えられるような、手を差し伸べられる様な金銭的・心理的援助が出来ればと思う。

非現実的だけれど、今の私の小さな目標だ。
直接ありがとうを返すことはできないけれど、その分、別の女の子達を受け入れてあげることができれば。そう思う。