新卒で入社した会社を10ヶ月で辞めた。
私は会社から、逃げたのだ。

◎          ◎

「最初の3年間が大事。3年勤めないと分からないから」
大人はそう言い放った。
その言葉にどれくらいの根拠と実績があるのか、きっとよく分かっていなかったのでは、と思う。この言葉は、本質を突いているようで、やや時代遅れとも受け取れる。

仕事内容も人間関係も、熟知するには最低でも3年はいないとね。よく聞いた言葉。じゃあ半年ほどで、この仕事内容は私にはできない、と思ってしまったらどうしたらいいの。

仕事にも向き不向きはある。一見、「不向き」だと思っていても、やり方を変えたり、考え方の角度を調整すると、「向き」に変化することもあるだろう。しかし、私はもう耐えられなかった。これは、会社の問題ではなく、完全に100%私の問題。

◎          ◎

新卒で入社した会社の職種は、営業職だった。もともと、出版社に入るということが目標であったため、他の業界や職種は勉強不足で、とにかく苦しい就職活動から抜け出すために、とりあえず内定をもらったところに落ち着いたのだ。それが最初の会社。

就職活動では、徹底的に打ちのめされ、自分は価値のない人間だと、救いようのないどん底にいたときにもらった内定。有り難かった。素直に嬉しかった。でもそれは、受けた会社に入れる喜びではなく、やっと就職活動から抜け出せる嬉しさだったのだと今になって思う。

私は晴れて、社会人の仲間入りをした。同期も優しく愉快で、先輩も優しかった。
けれど1ヶ月間の研修を経て、実際に営業活動を行うと、私の心の中には、モヤモヤが溜まっていった。

営業職。ほとんどの一般企業に存在する、極めて重要な職種。花形と言われることもある。ただ、私にはどうしてもできなかった。

入社して3ヶ月が経つ頃には、一人で営業先に行くことが増えた。自分でアポイントを取って、資料を準備して、実際に掛け合う。相手は、社長や、そうでなくても肩書きがある人が多く、これまでに様々な人間を見てきた人たちなのだろう。

自分なりに最大の愛嬌と持ち得る語彙を駆使して、話していたつもりだったのだが、「この仕事してるのもったいない気がする」と言われることもあり、言葉に詰まってしまうときもあった。

◎          ◎

誠心誠意相手のことを考え、相手の時間を貰ってこの場所にいる。責任感、社会人の一人の意識が足りなかったのかもしれない。会社の商品などをお客様に売る、そして利益を得る。営業職を至極簡単に説明するとこんな感じ。

ただ、私には割り切るということができなかった。私が扱っていた商品は、無形商材で、使用したことがないもの。だから、研修では、それぞれの商材の違いや特徴を事細かく教えてもらったものの、体の隅々までその魅力が行き届いたかというとそうではない。実際にお客さんに説明しているときも、私は使ったことがないから、いくら力説したところで説得力はないだろうな、と客観的に思っていた。

その上、上司からは、「できるだけ高い商材を買ってもらえるように」と毎日言われていた。それはそうだ。会社なのだから。利益を上げるためには、高いものを多く売らなければならない。値段が高くても、本当にその会社にとってためになるものならば、頑張ろうと意気込んでいただろう。

でも、そうではない会社を相手にすることの方が多かった。お金があまりない、それを買っても最終的に意味がない気がする、自分の会社でそれを上手く使いこなせる自信がない等。実際に足を運んで、会社の状況を一目見て、一番高い商材を買ってください、なんて言えなかった。仕事だからと、割り切ることができなかった。

会社がブラックで、なんて分かりやすい理由だったら良かったのに。私は、私にしか分からない理由で、初めての会社から逃げた。

◎          ◎

でも、後悔はしていない。あのまま続けていたらと思うと、ゾッとすることもある。自分がダメになってしまうと感じたら、即行動をした方がいい。前へ前へ、少しずつでも進める方向へ。

私は逃げてしまったけれど、この決断が間違っていたとは思っていないし、この先も思うことはないだろう。むしろ、よく自分を守れた、とちょっとだけ褒めてあげたい。

逃げること=負けなんてことは絶対にない。選択肢の一つとして、必要な道であると、私は思う。