Nobody is perfect
どんなに素晴らしい人も完璧ではない。
私自身ももちろん完璧ではないし、だからこそ向上し続けようとする。
そんな部分が人間らしく、人間が持つ魅力と言えるのかもしれない。
そう、頭ではわかっているのに私は私の憧れてきた人々に完璧を求めてしまってきた。
そして、ふとした瞬間に失望するのだ。
ああ、この人も人間だったのか、と。
そうして私は長年、自分のロールモデルというものを持つことができずにいた。
なんなら、ロールモデルより反面教師によって今の私は構成されていると思えるほどに。
しかし、一人だけ、私の中で完璧ではないものの心から尊敬する先輩がいる。
約一年しか関わる機会はなかったものの、私の基礎を作ってくれた先輩。

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私の社会人一年目は、誰も経験したことがないような初めてばかりだった。
そう、あの、コロナだ。
まともに出社することもできず、何もできない私たちは自宅待機を余儀なくされた。
病原菌の大打撃を受けた業界は離職が絶えず、せっかく入社したばかりの会社の未来さえ心配してしまうほどにお先真っ暗。
ようやく出社していいと言われ、不安を拭いきれない中出会ったのが先輩だった。

「これから二日間、社会人としてどうなっていきたいかを考えてみよう!」
コロナで不安な現状を素直に受け入れ、その中でその先の未来について
私たちに教え、一緒に考え、認めてくれた。
それぞれ違う背景を持つ私たちが、互いの特性を受け入れ補完し合いながら
なりたい社会人像に向けて成長していく。
そんな言葉で研修は終了したことを四年経った今でも思い出す。
これまで多くの研修や教育を受けてきたが、この研修ほど記憶に残るものはない。
生きていく中でどうしてもネガティブな感情に支配されることもあるが、
この研修で考えた内容を思い出すたびに、明日から頑張ろうと思える。
いわば、物理的にも精神的にも原点のような、とても有意義な研修だった。

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その後、実業務の中でも先輩の姿は他の人とは一線を画していた。
業界で最も難しいとされている国家資格を最短で取得し、その実力に驕ることなく
社会人をスタートさせたばかりの私たちとの対等に対話をしてくださる。
その裏で一歩先を見据え過不足ないフォローをしてくださる。
もちろん全てが完璧だったわけではないのだと思う。
しかし、少なくとも私にとってはそんな部分さえ隠れてしまうほどに素敵に映った。
勤務の関係上、頻繁にお会いすることはなかったものの、お見かけすれば思わず話しかけたくなるような、そんな先輩だった。

「本当に、先輩にはお世話になって、感謝してもしきれません」
昨年の12月、先輩は仕事が評価され、栄転されることとなった。
今まで人との別れで泣くことはなかった私が、初めて泣いた人との別れだった。
「またすぐ来るよ」
そう言ってくださったメッセージカードを、私は今も社員証と共にいつも身につけている。

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その先輩はいなくなって以降、様々な多くの方々と出会い関係を築いてきた。
私より遥かに知識が豊富な方、私の力を認め機会を下さる方、
ありがたいことに人に恵まれ、多くの機会を与えていただけている。
しかし、すごい人はいても先輩のように人間として尊敬できる人はまだ見つからない。
今の私は、反面教師を原動力に自分自身の在り方を見つめアップデートしている。
他人の黒いところに目を向けて自分を正すなんて、我ながら心が荒む自分の見つめ方だと
少しだけ心が苦しいのも事実で。
そんな自分の指針に自信がなくなった時、私はメッセージを見返す。
「睡蓮ちゃんは入社した時から本当にやる気も、それに見合う努力もやっちゃう、本当にすごい子だと思う。成長を途中までしか見続けることができないのは本当に寂しいけれど、少し遠くで睡蓮ちゃんの成長を聞くことがすごい楽しみです。応援してるよ」
つい完璧を追い求めてしまう私でも、完璧ではない人を信じたくなる。
人としての基礎を作ってくださった先輩の言葉を胸に、私はなりたい自分へと向かって
今日も前に進む。