私は、ずっと「何かになりたい」と思っていた。
小さい頃は、魔法使いになりたいと本気で思っていたし、なれるとも思っていた。だから私は、小さい頃は毎日、魔法を使うイメージトレーニングをしていたし、念じるだけで動かせるようになろうと、机の上に置いた消しゴムを何十分もじっと見つめるなんてことを、よくしていたものだ。
とにかくあの頃は、大魔法使いになる将来を実現させるために必死だった。他のことは考えず、勉強もあまりしないまま、私の小学校生活は終わった。

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中学生になる頃には、さすがに魔法使いのようなファンタジーな夢は見なくなったけれど、それでも私は「何かになりたい」という思いを強く持っていた。
検察官、学芸員、記者、調律師、巫女、占い師……。その頃、迷走しまくっていた私は、色々な職業に興味を示しては、自分の能力と、その職業に就くために必要な水準とのギャップに悩みまくった。
このままだと、大人になっても「何かになる」というのは無理だ。私は焦りを感じて、とにかく勉強をし続けた。小学生の時にやらなかった分、全力でやった。
今思えば、その勉強のやり方は、かなり甘いものだったけれど、当時の私に出来る最大限の努力だった。不安だったのだ。何者にもなれず、人生が終わっていくのが。
勉強は嫌いだった。それでも、我慢の時だと思って耐えた。
学生時代は、将来のための準備期間。今頑張れば、その分将来、何かになれる。中学校の三年間、私は、ずっとそんなことを考えていた。

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でも、高校二年生の時『COJI-COJI』(作:さくらももこ)というマンガのあるセリフに出会ったことで、そんな私の考えは変わっていった。

そのセリフは、主人公のコジコジが、成績不振により、担任の教師から呼び出されるというシーンで登場する。
教師がどんなに勉強の大切さを諭しても、全く心に響いていないコジコジ。あまりに説教の手ごたえを感じられなかった教師は、コジコジにこんな言葉をかける。
「……コジコジ キミ…将来 一体何になりたいんだ」
すると、コジコジがこんなセリフを言うのだ。

「コジコジだよ コジコジは生まれた時からずーっと」「将来もコジコジはコジコジだよ」

私は、このセリフを見た時にはっとした。
確かに、何年経ったって、私は私だ。それ以上でもそれ以下でもない。今まで、ずっと「何かになる」ために頑張ってきたけれど、私は「何かになる」わけではない。私の人生を、どう生きるかというだけだ。
そう思った瞬間、私の気持ちはすっと軽くなっていった。あれだけ感じ続けていた、「何かにならなければならない」という焦りが消えていったのだ。

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その時から、私は「今を楽しむ」ということを意識するようになった。
ただ将来を見据えて行動するのではなく、今好きなことを思う存分やってみる。勉強をする習慣はきちんと続けていきたいと思ったから、勉強はやめなかったけれど、自分が興味のあることを、とことん掘り下げるやり方に変えていった。「やらなきゃ」と思うのではなく、「やりたい」と思ってやるようになると、勉強も嫌いではなくなっていった。

こうして、段々「何かにならなければいけない」という呪縛から解き放たれていった私は、本当に自分がやりたいことを見つけることが出来て、今は夢に向かって充実した毎日を送っている。
もちろん、今でも将来のことで悩んだりする瞬間はある。でも私は、その度に、あのコジコジのセリフを思い出し、背中を押して貰ってきた。
「私は私」
この意識を胸に、これからも「今」と「未来」のどちらも大切にしながら生きていきたい。