「最近、ちょっと怖いことがあって」
ある日、友人に相談を持ちかけられた。
友人には恋人がいるのだが、その恋人の“元カノ”に自分のSNSアカウントを発見されたかもしれない、ということだった。
「偽名のアカウントでフォローされたから確かではないんだけど、でも絶対“元カノ”さんだと思うんだよね…」
◎ ◎
友人が最近フォローされたというアカウントのプロフィールには、出身地や生まれ年、趣味などの情報が記載されていた。
その情報が恋人から聞いていた“元カノ”の情報と一致したのだそうだ。
「なんだか監視されてるみたいで怖くて…」
「あれ、でも恋人さんのSNSって鍵アカウントだったよね?」
「うん」
「“元カノ”さんのアカウントは…?」
「ブロックしたし、もうフォローしてないって言ってた」
「じゃあどうしてあなたが今の恋人だってわかったんだろう?」
「たぶん、恋人の友達の投稿から辿り着いたんだと思う」
友人曰く、恋人とその友達と三人で遊んだ日に、友達がその様子をSNSに投稿していたのだという。
元恋人が付き合っている人をSNS経由で特定する“元カノ”さんの執念に、私はややたじろいだ。
◎ ◎
ただ、ただの偶然であるという可能性も捨てきれない。
友人はイラストを描いており、SNSで作品を公開していたので、自分の知り合い以外の人からSNSアカウントをフォローされることも多々あった。
もしかしたら、ただ投稿されていたイラストが気に入ってフォローしたってこともあるんじゃない?と、慰めのつもりで友人に言ってみた。
「それが、怖いのはフォローされたってことだけじゃないんだよね」
「どういうこと?」
「“元カノ”さん、最近私の知り合いのアカウントを次々フォローしているみたいで…」
確認してみると、たしかに、友人と相互フォローになっているアカウントのいくつかが“元カノ”さんのフォロー欄に表示されている。
その中に私自身のアカウントを見つけた時は、さすがに背筋がぞっとした。
「知り合いにも聞いてみたんだけど、みんな最近フォローされただけでこのアカウントのことは知らないって言うんだよね」
「たしかにこれはちょっと確信犯っぽいね…」
「あと、この間“元カノ”さんからコメントが送られてきて…」
なんと、“元カノ”さんは友人の職場情報を聞き出そうとするコメントをしたり、友人のSNS アカウントで行われたライブ配信を視聴したりしてきたのだという。
◎ ◎
そこまでして、彼女は何を得たいのだろうか?
友人曰く、“元カノ”さんは現在別の恋人と一緒に暮らしているらしい。
恋人と過ごす日々の中で、それでも昔別れた恋人のことが気になってしまう瞬間があるのかもしれない。
元恋人のSNSアカウントには鍵がかかっていて、自分は見ることができない。
だから、元恋人が現在付き合っている人のアカウントを特定することで、少しでも元恋人の動向を知りたいと思ったのだろうか。
「とりあえず、現在地がわかるような投稿はできるだけ避けるようにしようね…」
友人と私は頷き合い、共通の知り合いにもそれとなく注意喚起をしていこうと誓った。
◎ ◎
思わぬ出来事から、ネットリテラシーについて考えさせられた日だった。
数か月後、“元カノ”さんは友人のSNSアカウントに絡むことを辞めたらしい。
「あまりにも情報が得られないから、諦めたのかもしれないね。よかったよかった」
「うん。それはよかったんだけど」
「何?」
「今度は、“元カノ”さんの今の恋人さんが、私の恋人のアカウントをフォローしようとしているらしくて…」
鍵アカウントのフォロー申請を何度取り下げても、毎日のように送り続けてくるのだという。
SNSに執着する人びとによる追跡は、とどまることを知らない。