私は六月に新潟に行った。というのも、ノリで応募した推し選手が出場するフィギュアスケートのチケットの第三次抽選が、当選したからだった。まさか当たるわけない。当たったとしても、次の日が仕事だから日帰りか……と考えていた矢先のことだった。幸い推し活に理解のある上司で、その次の日を休みにしてくれたため、一泊二日の旅行が決まった。

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新潟は、私の住む町からは新幹線と特急で四時間ほどかかった。だけど、重い荷物を抱えて、一人だけであと数時間後に会える羽生選手を思うとそわそわした。旅っていいな。一人もいいな。そんなことを考えながら、窓の向こうを切るように過ぎ去る町並みに住む一人一人に悩みや幸せがあるのかなと深いことまで考えてしまった。

ここ最近働きづめで張り詰めていた思いが、すでに爆発しそうになっていた。

新潟につくと、同じく遠方から来たであろう推し仲間たちで駅はあふれていた。みんなもこのために生きていたのだろうか。どこからきて、誰を楽しみに来たのだろうか。会場までの道のりは、たいてい誰かの後ろをついていけばいいからグーグルマップに頼らなくてもいい。

私は信濃川に沿ってただひたすら前に人を追いかけながら歩いた。じめじめする六月も、今なら好きになれそうで、今までやってみたかったことも、案外簡単にできちゃうような余裕をもたらしてくれる一人旅は、最高だった。

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アイスショーは言わずもがな幸せな時間で、隣の人は両サイド泣いていた。もちろん私も頭が痛くなるくらい泣いた。語り合う人が欲しかったけれど誰もいなかったから、彼氏に速攻で電話をしながら一人ホテルに向かった。

「でね、羽生君って存在したんだよ。私に手を振ったねあれは」
「はいはい」

そんな温度差のある会話も、今となっては思い出だ。

二日目には、雑貨屋をみて家に帰ろうと決めていた。新潟のホテルから近い雑貨屋をいくつか事前に調べておいたので、私はその中の三店舗に赴いた。一つは、ポーランド食器を扱う素敵なお店。もう一つは、アトリエを兼ねた100年前のポストカードなどを売っている雰囲気あふれたお店。そしてもう一つが、イギリスのアンティーク雑貨を扱ったお店だった。

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私はそのお店で、一目ぼれした壁掛けの絵を買った。レジに持っていくと、優しそうなたれ目の店員さんが一言。
「これ、可愛いですよね」 

その瞬間、私はこの二日間誰とも話していなかったことを思い出し、急に声の出し方を思い出したようになった。
「ですよね。一目ぼれしちゃいました」
その一言から始まって、どうやって雑貨を買い付けに行くのか。どうしてこの雑貨屋を始めたかなどを、レジ越しに立ち話で話した。

聞くところによると、元公務員だったというその店員さんは、定年間際にして果たしてこのままでいいのか、人生を考え始めたそうだった。定年を迎えたら好きなことをしようと思ったとしても、店員さんの周りには病気などでなくなる友人なども現れ、思い切って脱サラして、この素敵な雰囲気あふれるイギリスアンティーク雑貨屋をオープンしたと教えてくれた。

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「すごいですね。なかなかそれを行動する人はいないと思います」 
 私は彼女の目を見て言うと、同じくまっすぐに目を見て彼女は言っていた。
「やっちゃえば、案外できますよ」

そう笑ってオホホとほほ笑む姿が美しかった。人生いろいろな経験をして、今があるというその話を胸に、私は明日からの勇気をもらった。この頃何かに日々追われて、ゆっくりする時間もなく、忙殺された日々だったけれど、こうしてたまにはいろんな人と話してリフレッシュすること。自分がしたいと思うことをしている人の話を聞いてみることが、何かのヒントを得られることにつながるのではないかと思った。

旅先での出会い。きっとあの店にはもういけないけれど、私はあの雑貨屋の店員さんの様に好きなことで生きている人の持つ心の余裕を持った人間になりたいと思った。