娘である私が春を終え、夏へ入ったと同じ頃、父と母は夏を終え、秋へ入った。
末尾に「これなーんだ」とつければ、立派ななぞなぞになりそうな怪文である。しかし、なんてことはない。人生の季節のことだ。日本は古来から論語の影響で、人生も4つの季節に分類する言葉がある。それが、青春・朱夏・白秋・玄冬である。

青春・朱夏・白秋・玄冬。近頃の平均寿命の大幅な伸長やモラトリアム時代の延長により、何歳から何歳までを区切るのかは諸説あるが、大体の年齢幅と該当する論語は以下のとおりである。

・青春 0歳~25歳 学を志す
・朱夏 25から30代前半~55から60歳 身を立て、惑わず、天命を知る
・白秋 60歳~75歳 耳に従う(人の言葉を素直に聞く)
・玄冬 75歳~ 距を越えず(思うままにふるまっていても道を外れない)

今年29歳になる私は、青「春」という春の季節を終え、「人生の真っ盛り」であるという長く変化の多い夏の季節、朱「夏」へと入った。ただ単に年齢的なことだけではない。長いこと学生を続け親の脛を骨が見えるほどかじり続けたのち、社会人になって無事3年目を迎えた。プライベートでも安寧だった実家を出て、結婚を視野に入れているパートナーと同棲を始めた。毎日のやりくりや家事をこなし、仕事とプライベートとの両立に頭を悩ませながら、「結婚適齢期」について考える日々は、夢見がちだった青春の「春」の時代にはなかったことだ。入学、進学、卒業を半自動的に繰り返してきたこれまでと違い、人生の夏の季節は自分が動き出さないと、何も変わらない。無条件に守ってくれる人はもういない。私の春の時代は終わったのだ。

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それと同時に父と母が1年違いで還暦を迎えた。父も母も、私がこれから迎える人生の「夏」の時代で、結婚し、子どもを3人育て上げ、働き、家事をし、学び、遊び、様々な人と付き合ってきた。その上で秋を迎えた彼らは、子どもの私が驚くことに、まったく守りに入っていないのだ。

まず、父。転職に伴い58歳でなんと自動車免許を取得した。彼の年代の男性で58歳になるまで免許を保持していない男性は(妻である私の母は18歳で取得している、その男女関係もレアだと思うのだが)、非常に珍しい。その上、58歳になって必要となったとき、大学生ばかりの合宿免許に一人おじさんとして紛れ込み、3週間の合宿を終え、無事に取得したのだ。さぞかし苦労しただろうと、合宿から返ってきた父に声をかけると、「座学の試験勉強が楽しかった」という返答。どこまでも、勉強が好きな父なのである。

そして、転職して単身赴任を数年こなしたのち、60歳でまた再転職し家に戻ってきたが、今更になって運転の楽しさに目覚めたようで、週末は積極的にレンタカーで母とのドライブデートを楽しんでいる。口の悪い娘としては「わかばマークからすぐもみじマークじゃん」とからかってしまうのだが、その60歳とは思えない柔軟性をこっそり尊敬してしまったりする。
医療従事者である母は、最近ある通信制大学の科目履修生として、勉強を始めた。息子である弟にパソコンのオンライン授業の受講方法を教えてもらいながら、新しく買った勉強机の上は、参考文献とメモとポストイットで埋め尽くされている。実家に戻る度に母に「最近はどんな授業が面白かったの?」と聞くと、「実はね・・・」と喜々として話始める。そんな姿が我が母ながら可愛くて、最近の楽しみのひとつである。

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日本人に一番好きな季節を尋ねると、多くの人が秋と答えるらしい。その例に漏れず、私の一番好きな季節も秋である。実りの季節で、食べ物が美味しい。過ごしやすいため、スポーツも、読書も芸術にも集中できる。でもそれは、夏という、暑くてしんどい季節の後だからこそ、一層そう感じるのではないだろうか。人生の白秋も、朱夏で自分の人生を懸命に耕さなければいけない長い時間を経て、実りを享受できる季節だとしたら。実りの白秋の桃の、梨の、葡萄のジューシーさは、朱夏の厳しい暑さを経てのこと。

父が、母が、還暦を迎えた「くせに」、白秋の「くせに」、柔軟性があって様々なことに積極的なのは凄いと思っていた。しかし、それは違うようである。還暦を迎えた「から」、白秋「だから」こその柔軟性、積極性なのかもしれない。ならば、私も実りの秋を迎えられるように、今は踏ん張って自分という畑を耕そう、そう思った。

秋が好きだ。それと同じで人生の秋も過ごしやすいのか、悪くないのか。今度実家帰省したときの、酒のつまみのネタがひとつ決まった。