大人になってから、わたしの恋愛にお酒はつきものだった。
好きな人に会うための誘い文句は、会いたいよりも「飲みにいこう」の言葉。
私の心の中でだけ、その「飲みにいこう」は会いたいと同じことだけど、素直にそんなことは言える勇気はないし、飲みに行こうのほうが向こうも誘いに乗ってくれやすいから。
飲めば深く話し込みやすくて、色んな意味で親密になりやすいから、自然に恋に落ちてしまう状況になるのである。

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今から5年前。私は当時働いていた9歳上の先輩に片思いをしていた。
きっかけは、帰りにばったり会ったことだった。先輩のいる部署に私が異動してきたばかりで、まだ誰とも親しくなれていない中、一番愛想のない人という印象を持っていたのがその人だった。電車で色々と話すうちに、同じ最寄り駅に住んでいることがわかった。

私はその場所に異動のタイミングで引っ越してきたばかりで、まだ土地勘もない中だったので、同じ駅の近くというだけで親近感がわいた。その時に「同じ駅なら今度夜飲みに誘っていい?」と聞かれたので、近くの飲み屋を紹介してもらえるならありがたいと思い、喜んでいた。

何日かしたある日の夜遅い時間、急に連絡が来た。「ここのバーに行こうと思うんだけど、一緒にどうかな?」

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遅い時間だったけど、実はこの引っ越しで初めて一人暮らしを始めたので、こんな時間に誘われてふらっと出られるのも一人暮らしだからこその自由さだし、近くのお店を知る機会にもなるので、行くと返事をして駅の近くに集合して向かった。

10人も入れないくらいのこぢんまりとしたバーで、お酒を飲みながら煙草に火をつける彼の姿を見た時、ドキッとした。会社では静かに淡々と仕事をこなしていて、定時になるとさっと帰る姿とは別のプライベートの彼を見た。そしてそれは自分しか知らない顔のような気がして、おそらくこの時から意識をするようになったと思う。

実は彼は既婚者で、子供もいる。育児に積極的な人で、子供の体調によって時々休むこともあったから、それは異動して早々から知っていた。なので、飲みに行けるのは子供が寝付いた夜遅くから明け方まで。本人は仕事や育児の息抜きで夜中に家をこっそり抜け出して飲みに行き、数時間1人で飲んで帰るという生活をこれまでしていた。

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そこにたまたま出会った同じ駅に住む後輩が現れたのが嬉しくて、気づけば毎週末夜中に飲みに行っているというのが私だった。

夜中に数時間だけ2人で飲む、ただそれだけ。それ以上でもそれ以下でもないから、何もやましくはない。いわゆる不倫とは違う。本当にわたしのただの片思い。

飲みに行って数時間話すと、深い話をする関係性になっていくが、そこで聞くのはやはり夫婦関係や育児の話。今思えば、男側の都合のいい話を聞かされていたのかもしれないけど、育児を自分に押し付けられていることや、夫婦の収入格差によるパワーバランスなど、彼に同情したくなるような話を聞いては、私と飲んでる時間だけでも息抜きになれば、私が聞いて少しでも楽になれる存在になれればと思っていた。

2人で飲むこの時間だけは奥さんも会社の人も誰も知らない話を、お互い素直に打ち明けられて、誰も知らないからこそ、特別な時間だった。きっと彼は私の好意に段々気づいていたと思う。でも、好きとは言えない、言ってはいけないから、会いたいとは言えず、「今夜も飲みに行きませんか」としか言えなかった。

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仕事の面で色んな相談をしては知る考えを尊敬していたし、夜中飲みに出てきても家族を大事に思っているのも知っていたから、何も壊す気はなかった。ただ飲んで一緒にいられればいいやとしか思わなかった。

結果的に、何度も飲んで会ううちに、やはり既婚者だからこそ何も進むわけにいかず、いつしか利用されるようになり、そうなってからはお酒を飲んで気が大きくなり、発する言葉に思いやりもなくなってきてから、喧嘩別れをしてしまった。

お酒とともに過ごした秘密の時間は約1年であっけなく終わった。