看護師になり2年目。新型コロナウイルスが流行し、混合病棟は慌ただしくコロナ病棟に変わった。廊下は赤色や黒色のガムテープだらけになり、ガウンや手袋の物品が多量に並べられる。患者様は55名から20名へ。酸素マスクを使用している重症の方もいれば、歩ける程の軽症の方もいた。変わり果てた病棟を目の当たりにし、実家暮らしの看護師は病棟を変えるようになった。

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看護師の人数も減少し、毎日が大忙しの荒れ狂う日々だった。ナースコールが鳴りやまない日はなく、いつも完璧な化粧をしていた先輩看護師の髪の乱れや化粧の薄さにも慣れてきた。看護師の疲労に対し、ナースコールは目覚ましのように鳴り響く。心の中では(あと2コールでとるから・・・あと1コール・・・)と頭で戦っている。緊急性が無くても行かなければ。ナース室にいるのなら、患者様の話し相手でもできるようにならねば。白衣の天使にならねば。

「食事の準備を手伝ってほしいの。」11時30分にいつも掛けてくる常連の患者様がいた。現時刻11時25分、病棟内をナースコールが響き渡る。複数の部屋番号が書かれたランプが光る。ああ、この人はどうせ食事の準備だから、と思い他の患者様から対応した。最後に常連の患者様の部屋をノックする。時間は12時過ぎ。頭を下げることもせず、「すみません、遅れました」

その時、常連の患者様をみて息をのんだ。ベッドから落ちて横になっていた。意識はあるが喘鳴がひどい。応援を呼びベッドに戻す、処置を行い患者様の状態が落ち着く。その時私の手を握り、しっかり目を見て伝えられた。「私は何番目ですか?」

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返す言葉がなかった。いや、あったのだろうが出なかった。「いつもの食事の準備だと思っていた」では済まされない。旦那と子供が家で待っている、仕事もしていた、なのに今は独りぼっち。家族と面会はできず、唯一話してくる看護師はガウンやマスク、眼鏡で全身を覆われ顔すら見えない。孤独と戦う一人の女性に、私はなんてことを考えさせてしまったのだろう。

ニュースや雑誌では、看護師を労わる内容が多かった。家族や友人からは「よくやってるね。」「大変でしょう。」と労われる。確かにそうだ。自分の身を削ってでも、危ない思いをしてでも、看護師の人数が減ってでも、患者様に寄り添えるのは看護師しかいない。だが、忙しいからこそ理解しなければいけない。「患者様にとって忙しいは言い訳だ」ということ。

結局、自分も新型コロナウイルスに罹患した。既往もなく若いことから家で10日間隔離した。倦怠感と咽頭痛だけでない。孤独と差別が一番苦しかった。職場に迷惑をかけてしまった、昨日乗ったタクシーの運転手は大丈夫だったかな、一昨日受け持った患者様はひどくなっていないかな。マスクをしていたから大丈夫、確信がない。保健所から折り返し電話が来たのは、罹患してから4日後。「私は何番目ですか?」あの女性の気持ちを、身に染みて実感した。

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看護師にとって、トリアージ(優先順位)は最も大事である。だがらこそ、患者様の状態をしっかり観察せずに決めつけた、あの時の自分が情けない。

新型コロナウイルスが5類に変わり、徐々に落ち着いてきた。あの出来事のおかげで自分は変わった。病棟内では、患者様一人一人は主役で全員の状態をしっかり観察して優先順位を決める。これからどんなに忙しくなろうとも、新たな感染症が流行しても、私はしっかり胸に刻んで働いていく。