ああ、また新しい1週間が始まってしまう。
そんな風に、日曜の夜になると心が沈む状態を「サザエさん症候群」と呼ぶのはよく知られた話だ。ブルーマンデー症候群という呼び方もあるらしい。

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実際に、アニメ「サザエさん」を観て、日曜日特有の憂鬱な症状が現れる人が多くいるのかもしれないが、私たち夫婦はどうやら発症要因が違うようだった。先日、たまたまそんな会話を交わす機会があった。

まず、夫。
日本テレビ系列、日曜20時54分〜21時というわずかな隙間で放送されている「音のソノリティ」。そこでしか聴けない“音”にスポットライトを当てた、日本ならではの風情を静謐に伝えるミニ番組だ。
この番組のオープニングで流れる抒情的な楽器の音色を聴くと、夫はよくブルーになっていたらしい。

続いて、私。
私は小学生の頃から、基本的に毎年NHKの大河ドラマを観ている。昔も今も変わらず、大河ドラマの放送は日曜20時から始まる。

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子どもの頃はおおよそ19時頃が夕食の時間帯で、日テレの「鉄腕DASH」を観ながらご飯を食べていた。鉄腕DASHの放送時間は19時〜19時58分。放送が終わると同時に、チャンネルをNHKに変える。この時点ではまだ20時にはなっていないから、NHKでは動物番組「ダーウィンが来た」が終わりを迎えようとしている頃合いだ。私は、この「ダーウィンが来た」のエンディング映像を観ると、毎週無性に物哀しい気持ちに襲われたものだった。

大人になったら、大河ドラマが始まる前にテレビをつけたり、録画リストから再生していた別番組からNHKに切り替えたりすることが多くなったが、それでも、20時前には必ず「ダーウィンが来た」が終わろうとしていて、「明日からまた仕事か…」と見えないため息をよくついた。

大河ドラマが始まれば、歴史好きな私はあっという間にその世界に没頭してしまうのだけれど、「ダーウィンが来た」の終わりは、「あなたの休日ももう終わりだね」と暗に告げるような力があった。

「私の仕事の好きなとこ」が本来テーマであるはずなのに、あなたは一体何の話をしているのだと思われそうだが、ここまでが長い前置きだ。
「私の仕事の好きなとこ」それは、サザエさん症候群に全く襲われなくなったことだ。

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場所や時間に囚われることのない、フリーランスという働き方の性質上、「週休2日」「土日祝休み」といった概念もなくなった。もちろん、フリーランスの中にはしっかり休みを設けている方もいるだろう。“フリー”だからこそ、労働スタイルもきっと人それぞれだ。ただ、現時点で私は平日も土日もあまり関係のない働き方をしている。休日らしい休日もあまりない。

そのせいか、日曜の夜が更けていっても、「ダーウィンが来た」のエンディングを観ても、学生の頃や会社員時代に感じていたような憂鬱感に苛まれることはほぼなくなった。

ただ先日、久しぶりに何も考えず、ひたすらにぼーっとする時間を作ってみたことがあった。さらにその後、これまた久しぶりにじっくり読書に没頭した。普段も本は読むものの、寝る前のわずかな時間のみであることがほとんどだった。

時間を気にせずぼーっとして、本の中にゆっくり浸かってみると、自分の中で凝り固まっていたものがじわじわと溶け出していくのを感じた。それこそ、温かな湯船に身を沈めているような。心が、やさしく凪いでいく。

そうか、これが「休む」ってことなんだ、と、私はいつぶりか分からないくらいに感じた。それはつまり、メリハリがついていない毎日をここ最近は送ってきていたという事実を突きつけてくるものでもあった。“休日らしい休日もあまりない”働き方は、別に誇れるものでも何でもない。

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こんな風に、ふとした時に自分自身と見つめ合い、内省を繰り広げ始めるのも、フリーランスになる前はあまりなかったことかもしれない。それが自分の仕事の「好きなとこ」かと聞かれたら、素直に首を縦に振ることは難しいけれど。なぜなら内省は、どちらかというと苦しいことの方が多いから。

本当は、もっと格好良く「私の仕事の好きなとこ」を書いてみたかった。「『書くことで生きていきたい』という夢を叶えられているから」とか「自分の文章をカタチにして世に放つことができているから」とか「私だけの言葉で想いを伝えられているから」とか。

書く仕事は確かにしているけれど、現状に満足したことは一度もない。常に不足を感じていて、仕事そのものにおいても苦しいことだらけだ。いただいているお仕事には常に愛をもって取り組んでいるけれど、同時にもどかしさや飢えのようなものも心の中を這い続けている。

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そんな今の私が、「私の仕事の好きなとこ」を着飾らずにありのままで表現しようとしたとき、ふと浮かんだのが「サザエさん症候群に襲われないこと」だった。何だか、書きながら情けなくなってしまった。ちょっとダサくない?不恰好じゃない?と。

それでもやっぱり、日曜の夜ならではのあのブルーな状態が訪れないというのは、心に大きな平穏をもたらす。それだけは声を大にして言える、揺るぎないひとつの事実だ。好きな人なんてまずいないと思うが、私はサザエさん症候群が大嫌いだった。

毎日を前向きに送っていくうえで、安定したメンタルを保つのは欠かせないことだと思う。
だからこそ、サザエさん症候群と縁が切れた今の仕事が私は好きだ。ダサかろうが何だろうが、精神の不調に散々悩まされてきた自分にとっては立派な理由だ。

今はまだ素直に言い表せないけれど、いつの日か、ひとつ、ふたつと、「私の仕事の好きなとこ」に澄んだ言葉を添えられるようになれたらいいなとは思う。
どんなに苦しくても、内省を繰り返して、脱皮した自分になれるように。