大学生の頃、私は販売のアルバイトをやっていた。1年次はずっとイベントスタッフ等の単発の仕事をしていたので、2年次から始めた。
元々働くことはそれほど嫌いではなかったけれど、最も働くことの楽しさを実感させてくれたのはこのアルバイトだった。
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勤め先は全国に展開している着物屋さんの、振袖の前撮りを行うスタジオ。私はここで、お嬢さんの写真を収めるアルバムを販売していた。
扱っていた商品たちは、べらぼうに高かった。
そもそもの契約は、「成人式用に振袖を購入orレンタルしてくれたら、前撮りが付いてきて、無料でお写真2枚プレゼントします」というものだ。けれど、実際にはありとあらゆる背景や角度から、100枚近い写真を撮る。無料プレゼントの対象になるのは、最もシンプルな背景で撮影した写真だけなのだ。
ここの中から気に入った写真を選ばなくてはならない。しかもこの対象の写真は、撮影の最初のほうに撮るから、大体の子が強張った表情をしている。表情と背景ともに素敵な写真が欲しければ、追加でお金を払わざるを得ない。その追加のお金を、少しでも多く払わせるのが私たち販売員の仕事だった。
写真は1枚ずつ追加していくことも可能だが、入る写真の枚数が決められたアルバムの形態でも販売していた。8枚追加のアルバムは税抜5万円。13枚追加だと10万円。23枚追加だと15万円。更に品質が高い20万円のものもあった。私からするととんでもない金額だが、みんな結構買ってくれる。やはり一生に一度の娘の晴れ姿だからだろうか。
全国の販売員の売り上げは、毎月、本社から表にまとめて送られてくる。1人1人の名前の横に、その月担当したお客さんの件数、平均の売り上げ枚数、それぞれのアルバムへの変更率が書かれてある。
それらの情報は、売り上げが良かった販売員から、上から順番に並べられる。私が所属していた札幌店の社員さんは、この表を毎月プリントアウトし、所属しているスタッフの名前のところに蛍光マーカーで線を引き、ホワイトボードに貼り出していた。
私は、数字を持ち出されると燃える性質だった。この表のなかで、少しでも上に行きたかった。中旬あたりにそこそこの売り上げを残せていた月は「うまくいけば今月は上位に食い込めるんじゃないか」とワクワクした。
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ちなみに、このアルバイトではインセンティブを貰うことができた。10万円分売ったら1000円。15万円分売ったら1500円。だから15万円のアルバムが売れると結構ありがたいのだけれど、売れた時に得られる達成感は、必ずしも金額に比例するわけではなかった。
例えば、初めから15万円のアルバムにするつもりだったお客さんにそのアルバムを売ることができた場合と、数枚しか買わないつもりだったお客さんに10万円のアルバムを売ることができた場合で比べると、後者の方が断然達成感がある。
前者のお客さんの場合、サクッと15万円のアルバムに決まって、あとはどの写真を入れるか決定していくだけだ。追加のページを勧めたりはするけれど、大抵は「そこまでは要らないかな」と言われてしまう。
後者の場合は、長丁場になることもある。そういうときは、とにかく写真1枚1枚を褒めて、その1枚にしかない良いポイントを見つけて、伝える。そうして、10万円のアルバムの規定枚数以下にならないように粘り続ける。あとは、
「このアルバムの表紙にお嬢さんのこの写真が来たら絶対可愛いですよね」
「一生に一度のことだから、後悔が残らないように」
「今なら分割払いでも、手数料を当社で負担させていただくので、元の金額が変わらないんですよ」
「お嬢さんみたいにアルバイトされている方だと、親御さんと折半されるお客様もいますよ」
みたいな、背中を押す言葉を、タイミングとお客さんのタイプを見ながら、繰り出していく。
これらのことに力を尽くした結果、「じゃあこれで!」と10万円のアルバムを指差してくれたときの達成感といったら。パーッと頭から噴水が噴き出しそうになるくらいだった。接客後はぐったりと疲れてしまうのだけれど、胸の奥には満足感が広がった。
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結局私はこのアルバイトを辞めるまで、全国1位を獲ることはできなかった。最高で2位だった。
元々人と話すのは得意ではないタイプだったし、卒業後は販売とは全く関係のない職種に就いた。完全に内勤の仕事だ。お客さんどころか、取引先とのやりとりすらすることはない。この仕事はこの仕事で、やり甲斐を感じられる場面もあるし、自分に合っているな、と感じる。
けれど、時々恋しくなる。ヒリヒリしながら、必死で10万円のアルバムに導こうともがいていたあの日々が。