「好きなお酒のおつまみを聞かれて、パッと思いついたのが、へしこです」。

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 2月のある日のこと。とある配信番組から流れてきたその情報が、頭から離れなくなってしまった。だって、響きがとってもかわいらしいんだもの。

たちまち脳内で、妄想が始まる。私の好きな女優さんが、不思議な食べ物を片手に、日本酒を嗜んでいる。なんて粋なんだ。いつか見てみたい。そして、食べてみたい。
私は、手元のメモに大きく3文字を書いた。そして、たった今感じたそのときめきを、自分の机の目立つところに貼った。

「いつか、会いたいなぁ……」
作業をしていてメモと目が合うたび、まだ見ぬへしこを想った。わけもなく、いつか会えるような気がしてならなかった。

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そんな私に、奇跡が起きた。7月、舞鶴の旅でふらりと立ち寄ったお土産屋で、出会ってしまったのだ。その名も、「へしこ風味のポテトチップス」

「あなた、ここにいたのね‼」と、思いがけない出来事に、胸が高鳴った。
塩漬けした鯖を糠漬けにした、へしこの味のポテトチップス。想像しただけで、濃い味でおいしそう。買いたい。POPを見てみる。

「お酒のおつまみにもぴったり‼」

なんと、お店が、お酒のおつまみにしてくれ、と前面に押し出しているではないか。
私は、迷った。なんせ、お酒が1滴も飲めないのだ。しかし、こんな見るからにしょっぱそうな物を食べた日には、なにか飲みたくなるに違いない。お酒の代わりにお茶を飲みながらバリバリ食べている図が頭に浮かんだが、なんだか味気ない。自分だけのために買う勇気は、出せなかった。

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 家族と一緒なら食べられるかしら、と考えてみたが、しょっぱい物は好まない両親だ。せいぜい一口食べるくらいで終わってしまうだろう。なんだか、ポテチにも両親にも申し訳ない。

「いちこちゃん、行くよ」
あれこれ考えていた私は、棚を見つめて、いつの間にかぼーっとしていたらしい。一緒にいた母に呼ばれて、我に返った。

「買いたいけれど、もったいない。無理しなくても、まぁいいか」
時間がなかったので、そう思って、お店を出た。
私がそのことを後悔したのは、旅を終えて家に帰った後だった。

いつまで経っても、「へしこ風味のポテトチップス」が頭の中でちらついているのを感じたのだ。そして、気づいた。私はあの時、自分の好奇心にふたをしてしまったのだと。
確かに食べ物なんて、現地で買えなくても大して問題にはならない。後から欲しいと思えば、お取り寄せも出来る。

ただ、普段とは違う土地でなにかに出会って胸が躍るなんて、それこそ、その時、その場かぎりのこと。一期一会なのだ。みすみすチャンスを逃したのは、わざわざ遠くに旅したのに、その醍醐味を自ら捨てたような物だ。なんてことをしたんだ。その大切さを、身をもって感じた。だから、悔しかった。

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「自分の心に正直でいるのは大切なこと」
世ではよく言われるけれど、私には難しい。日々の小さな選択から、大きな決断まで、あれこれ考えた末に、気づくと心とは違うことをしがちだ。

「これをしたら、良くないことが起こるのでは?」
「周りの人はどう思う?」

なにかと、行動の前に心配事ばかりしている。不安なことをやらなくて済む言い訳を探しているとも言われる。いずれにせよ、それはことあるごとに悩み続けている、私の弱さだ。

 「今日のお昼どうする?」

そんな小さなことからでもいい。たかが食べ物、されど食べ物。あの時と同じような後悔は、もうしたくないから。 あれが欲しい、これがしたい。ちょっとだけ勇気を出して、心の赴くほうに手を伸ばせたなら、指の先にどんな景色が見えるのだろう。