大学1年生の時、家庭教師を始めた。そこから3年間、私は何人かの生徒を持っていた。担当した生徒は皆、志望校に合格し、卒業していった。生徒たちが合格したことも嬉しかったが、私が何よりも嬉しかったのは、担当した家族に笑顔が戻っていたことだった。

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私の所属していた家庭教師の会社は、基礎学力を上げることを得意とした会社だった。そのため、最後の砦として依頼されるケースが多かった。集団塾に入ったものの授業についていけなくて退塾、個別指導ならと塾を変えたが登塾拒否になり退塾。塾がダメなら家庭教師しかない……という理由で選ばれていた。

家庭教師にたどり着くまで、生徒本人も保護者の方もうまくいかない経験をたくさんしてきていた。そのため、保護者の方に初めましての挨拶をすると、自分の子供のできないところを並べて、「私の育て方が悪かったんだと思います。だから、プロの先生にすべてお任せします」と話されていた。できないところばかり並べられた子供は、バツの悪そうな顔をしていた。

だから私は、初回授業後の保護者の方への報告は、生徒のことはもちろん、保護者の方へも肯定的なフィードバックをするようにしていた。「塾に通われていたおかげで、ノートの使い方が身についていますね」、「大きい勉強机を用意していただいているおかげで、勉強しやすい環境になっていますね」など声を掛けていた。

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いままで、お金や時間をかけたことが、無駄ではなかったということを伝えるようにしていた。「塾の面談では、注意されてばっかりだったから……うれしいです……」と、声を漏らす保護者の方が多かった。

もちろん、試験の点数を上げることが1番の安心感につながる。なので、生徒の個性に合わせた授業プランも真剣に考えていた。家庭教師は塾とは違うため、授業中にじっと座っていられなくても授業を成立させることはできるし、生徒の好きなものに関連した話を授業に織り交ぜることもできる。

私の所属していた会社では教材販売を行っていないため、好きな教材を使うことができた。また、英単語はスマホアプリを使いゲーム性高く学習することも可能だった。自由度の高い家庭教師だからこそ、その子にぴったりな授業を作ることができ、成績アップにつながった。

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そして私は、来週も会いたくなる授業を目指していた。学校の先生でも、親でも、友達でもない、家庭教師という関係性。私は、大人で言うところの美容師みたいな関係性だと思っている。毎日会うわけではない、共通の知り合いがいるわけではない。そして、秘密は守られる。だから、本音をこぼせる。「先生に恋バナ聞いてほしいから、ちゃんと宿題を終わらせた。丸付けしてる間に聞いてよ」、「先生に先週おすすめしたあの曲聞いてきた?感想聞かせてよ」と、生徒たちは家庭教師の日が楽しみになってくれた。

いきなり勉強を好きになることは難しい。だから、勉強以外に理由を作ってあげることで、家庭教師が来る生活に楽しみが生まれる。そんな生活を継続することで、次第に試験の点数があがったり、学校の授業についていけるようになったりする。そうすると、勉強への嫌悪感が軽減していく。結果として、家庭教師が来る日以外も学習する習慣が身についてくる。

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そんな姿を見た、保護者の方は、「うちの子、塾に通っていたころは、塾の日になると朝からお腹が痛くなっていたんです。でも、今では先生が来る日が楽しみみたいで、宿題もちゃんとするようになったんですよ」と嬉しそうに話していた。

そして、私は最後の授業で生徒に必ず伝えていることがある。「家庭教師の私のことは忘れて構わない。ただ、決して安くない月謝を今日まで払ってくれた、保護者の方への感謝の気持ちを忘れないでね」と。

その後、保護者の方へ最後の授業の報告と別れの挨拶をする。玄関で一礼し、顔を上げると、出会ったときとは別人のように笑顔を浮かべる家族の姿が映る。それがたまらなくうれしくて、扉を閉め帰路につくと涙があふれていた。