子供の時から数えると、今までに10カ国ほどの国に旅をした事がある。
一つの旅で人生が変わったという経験はしたことがないけれど、海外を旅行するたび、自分の中に潜在化していた偏見が壊されて、世界の大きさ、知らないことの多さを肌で感じる事ができる。

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最初にそれを感じたのは、フランス。電車の切符の買い方が分からず、駅員さんも不在だったため、改札から出てくる人に尋ねようと、人の流れが来るのを待っていた。
でも、いざ人が来てもみんな忙しそうでこちらには目を向けず、気にする余裕は無さそう。次にしよう、そんなことを3回ほど繰り返した時、黒人男性が声をかけてくれた。

彼は買い方を教えてくれ、最後に「楽しんでね!」と笑顔。私は初めて出会う黒人男性に最初、少し怖いと思ってしまった。
ごめんなさい、もうそんな事思ったりしません。

当たり前だけれど、旅という限られた時間の中で、見える側面はほんの一部でしかないから、一つの面を見て決めつけてしまうのは危険なことで、色んな面があることの面白さを実感した時があった。

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ポルトガルを旅行し、ユーラシア大陸最西端の一つと言われるロカ岬に向かうバスの中でのこと。乗客の大半が地元の人で、男子中学生集団が、おそらく放送禁止用語を用いながら指を立てて、言い合いをしていた。

日本よりも強めなやり取りに目を背けていると、停車したバス停にベビーカーをおす母親の姿。心配になって見ていると、ドアが開いた瞬間、男子中学生集団が降りたかと思うとベビーカーを抱えてバスの中へ。母親の荷物まで持ち出した。
え、それって普通に出来る事なの?私には出来るかな?

表層のイメージだけで優しさを決めてはいけないという当たり前の事を目の当たりにした。
その日、ロカ岬で見た夕陽はとても綺麗でカラッとしていて、明るかった。夕焼けは日本で見るようなオレンジじゃなくて、切ないものでもなかった。

風景と人は似るんだろうか。
ポルトガル旅行を思い出す時、ロカ岬の美しい風景とあの中学生集団が一緒になってよみがえってくる。

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違う国に行けば同じ太陽も違って見えるし、そこで暮らす人が違う考え方をするのは当たり前で、見習いたいことにもたくさん出会う。
インドネシアのスラム街で大家族と関わらせていただいた時のこと。
言葉は通じないけれど、小さい子供たちに懐いてもらい、長い時間一緒に遊ぶことが出来た。

その別れ際、歳上のお兄さんたちが、おもむろにバラを1本くれた。
人生でバラなんて貰った事ない!笑
生活大変なんじゃないの?子供たちと遊んでただけなのにいいの?このバラは買ってきたもの?笑(なんて冗談思っちゃう自分のあまのじゃくさが悲しい)

感謝の気持ちを伝えるってことは、余計な考えなんてどうでも良いのかもしれない。伝わる事が大切なんだし。
いただいたまっすぐな優しさに、幸せとか豊かさとかについてちょっと考えてしまうのも、旅ならではの感傷さかもしれない。

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ここに挙げたのはどれも旅先でのとても小さな出来事。
もちろん街並み、建築、ご飯たくさんのものが思い出に色濃く残っているけれど、意外にも1番鮮明に覚えているのはそうした小さな驚きかもしれない。

自分を劇的に変える場所、出会いがあるのかは分からないけれど、旅をする中で出会う小さな驚きで、少し見える世界は広がっていく。
ほんの少しでも自分の小さな世界を小さな驚きで広げていく旅を続けていきたいと思っています。