400枚を収容する名刺ホルダーが、そろそろいっぱいになる。これで7冊目だ。地域情報誌を制作する関東の地方企業に入社して、気が付けば8年がたっていた。
地域おこしに携わっている市民や、地元企業の経営者、芸能人、クリエイター、ご当地アイドル……出会った人は多様で、単純計算すると、2800人近くになる。

関西出身で、就職を機に、これまでゆかりのなかった土地に移住した私に知人が増えたのは、人に会って話を聞き、文章にするという「ライター」の仕事のおかげだ。

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元々、書くことが好きで志した職業だった。

執筆は、言葉にできない人の思いを形にする作業。楽しさを覚えたのは、高校生のときだった。口下手で、家族や友達に気持ちをうまく伝えられず、幾度もやきもきした。口頭ではできなくても、文章では表現できる。ある時気付いた。これまで胸の内で渦巻いていた感情が放出され、スッと心が軽くなった。不思議と前向きになり、生きやすくなった。

「私みたいな人って、ほかにもいるかもしれない」。誰かの代弁者になりたいと思った。

当時の意志は、ライターとなった現在も働く軸にもなっている。
取材では丁寧に人の話を聞いた。誌面に掲載する記事は、イベントや事業について、読者が分かりやすいよう必要最低限の情報をまとめれば十分だが、企画した人の思いや人生に触れるようこだわって綴った。
「私の思いをくみ取って、伝えてくれた」
「自分の思いを整理できた」
取材した人から、御礼とともにうれしい言葉をいただく度に、心満たされた。

実は、私の方が感謝しなければならない。なぜなら、たくさんの人に知ってほしいという思いが自然と芽生えるくらい、出会った人ひとりひとり魅力的で筆が乗ったし、何より、自分の生き方を見直す機会になったから。

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たとえば、地域を盛り上げようと活性化イベントを主催している40代女性は、企画運営の傍ら、飲食店を営んでいる。店は自然あふれる田舎に位置し、何十台も車を止められる駐車場に、犬が走り回れる庭と広大な土地を合わせて所有している。敏腕の経営者かと思いきや、借入金の返済はまだまだ終わらないという。額を聞いて驚きを隠せなかったが、彼女は全くもって悲観的ではない。
「人生、一度きりだから、楽しまないとね。先なんてどうにでもなるんだから」。彼女は、よく口にする。先を考えに考え、慎重に行動しがちな私は、刺激を受けた。そうだ、未来なんてあるか分からない。今、どう生きたいかと向き合わないと。会う度、見方を変えようと姿勢を改めさせられる。

はたまた、3人の子を育てる30代女性。元々、ファッションスタイリストとして働いていた。彼女が手掛けるコーディネートは飾らないがおしゃれで、センスに感銘を受けていた。本当はママでありながら、自分の好きを生業にして輝く地元の女性として紹介したいと思っていたが、3人目の子が産まれてから、育児に専念すると仕事を辞めた。

彼女のSNSには、愛情を目いっぱい受けてすくすく成長していると感じられる子どもの姿、信念を持って働く夫と、彼を尊敬する彼女の思いがしばしば投稿される。家族はかけがえのない存在、大切にしないと。仕事を生きがいにしがちな性分だが、本当に豊かな人生の過ごし方を考えさせられる。

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今年、30歳を迎える。まだまだ視野が狭く、未熟な自分に嫌気がさすものの、過去に比べるとほんのちょっとだけ、自分の人生を認められるようになった。世間がいう、人生の成功や正解に固執しなくなった。人との出会いが、私を変えてくれている。

仕事を嫌になったことは何度もある。だけど辞めずにいるのは、きっと期待しているのだ。もっと素敵な生き方をする人に出会えると。そして、自身をバージョンアップできると。