朝に弱い私が、この日は早く起きて家を出ることができた。
歩いて数分、最寄り駅から電車に乗る。いつもはすぐイヤホンを付けてラジオを聴くけれど、今日に余計な音はいらない。

今日は、お気に入りの古着屋さんで、とっておきのワンピースを買おうと、ずっと前から決めていた。
お気に入りの古着屋は、家から1時間近く電車を乗り継いだところにある。1940年代~60年代の物を中心に取り扱っていて、ポップとシックが共存する、まさに私の好みど真ん中のお店。この店に出会ったのは、大学進学でここに来て少し経った頃だから、今から3年ほど前になる。節約家でありケチでもある私は、お店に並ぶ可愛い(けど値段は可愛くない)ワンピースたちを前に、膨れ上がった物欲に一生懸命蓋をしていた。
いつか大人になったら。いつか大切な節目に。毎回そう思いながら、店を出ていた。

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その店は通りのビルの地下にあって、のぞき込むようにしないと入口が見えない。地下へ続く階段を降りると、店内がまだ薄暗いことに気づいた。どうやら開店前だったようだ。しばらく待つことにした。
どんなワンピースにしようかなと、店のインスタグラムを見るために携帯を開くと、ホーム画面のカレンダーアプリが、今日の日付と「第一志望 合否連絡」を表示していた。ぐわっと、現実に引き戻される。

今日私は、第一志望の企業から合否連絡を待っている。
数日前からそわそわして、当日は家でじっとしてなんていられないと思った。だから今日、私はワンピースを買いに来た。
電話がかかってくるのはきっと午後。それまでに、自分の人生一番のワンピースを買おう。そう決めてから今日まで、できるだけワンピースのことを考えてきた。

数分経って開店すると、店内にはセンスの良いBGMと気さくな店員さん、そしてヴィンテージ古着たち。来るのは随分久しぶりだったけど、古着たちの可愛さは健在だった。
すぐにワンピースコーナーに向かい、物色を始める。

こういう時の女の子は、ある種のゾーンに入っていて、ひたすら自分のアンテナに耳を澄ませて選んでいく。アンテナが拾った何着かのワンピースを手に、試着室に入った。古着はサイズや形が独特なため、着てみないと分からないことが多い。何着目かのその服を着た自分を鏡で見た時、一目惚れをした。
60年代の、群青色のワンピース。脇にジップがついていて、ウエストがきゅっと引き締まって見える。胸元が大きく開いていて、少しだけ大人な自分になれたような気がした。これにしよう。値札は極力見ずにレジに向かい、着用したまま店を出た。

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店を出ると、既に12時を過ぎていた。ここからは、ただ待つだけの時間。
交通機関内で連絡が来ては困ると思い、街中の静かな場所を転々とすることにした。
コーヒーショップで頼んだフラペチーノは気づいたらなくなっていて、ただ携帯を見つめる。そんな中でも心は、とっておきのワンピースを着た高揚感と、第一志望の合否への抱えきれない不安で、発狂しないギリギリでバランスを保っていた。
もし第一志望に落ちたら、このワンピースには苦い思い出が染みつく。つまり私は、このワンピースを着る度に、第一志望に落ちたことを思い出すことになってしまうだろう。
だから神様お願いします、どうかこのワンピースを、ただ好きという純粋な気持ちだけで選べるように、良い結果であってください。そう願って、ただ時間を潰した。

夕方頃、電話が鳴った。夏の蒸し暑さか、それとも緊張のせいか、熱を持った身体から出た汗が、ワンピースに染みていく。

この時私は既に、何となく、あぁ駄目だったなと予感していた。一息ついて電話に出ると、人事の方の声が聞こえた。その後はあまり覚えていなくて、2、3言か私が感謝の言葉を述べて、それで終わった。

将来がこんな一瞬で、あっけなく決められてしまうなんてなぁ。
視界は青いワンピースで、目線の先は更に深い青になっていた。
まだ、とっておきのワンピースは着られない。
けれど着られる日はきっと来ると思う。
だって、あんなに可愛いワンピなんだもん。