初めて一人で旅行に行ったのは、大学に入学してすぐの大型連休。
行き先は、初めて参加するクイズ大会で松山市に行くついでにと旅行した愛媛県であった。
愛媛県どころか四国については大学に入学するまで縁もなく、ついでに地理にかなり弱かった私の一人旅行は今では考えられないほどハードスケジュールとなった。

行くと決めたのは一ヶ月ほど前で、大学入学して間もない私の予算で泊まれる宿はほとんどない。
始めたばかりのバイトの給料はゴールデンウィークまでには期待できず、古民家をリノベーションしたドミトリーと安価なビジネスホテルを予約した。内子と松山に。

旅行といえば家族旅行か修学旅行しか経験したことのない私が何も知らない他人といきなり同じ部屋に泊まるということがどういうことかもよく分かっていないまま、初めての授業に追われていたら5月に突入し、いよいよ愛媛に行く日がやってきた。

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JR松山駅でバスから降りた私はじゃこ天うどんをさっと平らげ、今治に行きの電車に乗り込んだ。
一度も乗ったことのない路線の特急に一人で乗っているという非現実な状況に少し胸が躍った。

今治に行った目的は、今治城を見学することだった。
旅行の荷物を肩から下げてお城を歩いた。
内子には寄れていない、むしろ松山駅を挟んで正反対の方向のところに観光しに来ていた。

母に簡単な旅程を伝えたら大層驚かれた。
修学旅行では一日でいくつもの観光地を回るし、我が家の旅行もそこそこハードなので何も問題ないと思っていた。
しかし流石お城、砦として存在するそこを生半可な気持ちで体力のない私が大荷物で観光をするなんて甘かった。
今までに見た城の中でベスト3に入るぐらいに良い城なのだけれど、もし私が旅行鞄を持っていなかったらきっと堂々1位に君臨していたのになと思ってしまう。

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へとへとになってゆっくり商店街を通りながら駅へと向かう。
肩がしんどくなって、一休みできそうな喫茶店を探した。

喫茶店に入ると地元のお客さんが一人。
ちょっと一見さんにはアウェイだったかな、なんて思っていたらお客さんが私に話しかけてくれた。

「一人で旅行なの?」とか「愛媛県はどう?」だとか、もう4年も前なので聞かれたことはほとんど思い出せないのだけれど、最終的に私が頼んでいた紅茶のセットを奢っていただいたことだけはよく覚えている。

学生さんでしょ、だからいいのよ。言葉にも行動にも私は衝撃を受けた。
そこが愛媛県だから、今治だから、ということではなく私はその人がなんだかすごい人に思えた。
社会人になって、私は地元で旅行者と出会って話したとしても同じことは出来ない。
当時も、知らない人にそこまで親切にできる人がいるのかと思っていたけれど、数年が経った今でも私にはあの人がとてもとても素晴らしい人に思える。

私の「ありがとうございます」の声と気持ちはあの人にちゃんと届いていたのだろうか、あの人は私のことを今でも覚えているのだろうか。
人に親切にするということを身近な人とうまくやっていくための処世術の一つだと考えていた私の考えが揺らいだ。
私が今、見知らぬ他人に本当に優しく出来る人かはわからない、けれど出来るならそうありたいなと最近は思っている。

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その日泊まったドミトリーではしまなみ海道からバイクで来たという旅行者と夕飯を食べながら、彼女が行った旅行先の話をたくさん聞いた。
私は運転免許を持っていないから、好きなところに一人で行ける彼女がとても格好いいと思った。

翌朝駅までタクシーで向かうときに、私が内子観光が出来ずに松山に向かうという話をしたら内子座経由で運転していただけることになった。
彼のおかげでまた内子に来たいという気持ちが一層強くなった。

松山でのクイズ大会でも今でも会うような知人が出来た。
そのさらに翌日、萬翠荘へ寄ったときには地元の観光ガイドの人に1時間ほど解説していただいた。
彼のおかげで自撮り以外の写真を家族に送れたし、いっぱい電話でお土産話をすることが出来た。

一人旅行をすると、知らない人に私は本当に助けられている気がしてくる。
普段は、知人でもこれから会うって決めてない時にあまり話しかけられたくないと思うような面倒な人間なのだけれど、なぜだか旅行先で人見知りが克服されてしまった。

旅行先で自分が思っていたよりも人と話せる自分を発見したことで、大学時代から今に至るまで色々な人と関わってみようと思えるようになれた。
自分の新たな一面を知ってみたいとき、何かを始めたいとき、旅行は背中を押してくれる。
もし一人旅行に行ったことのない人がいるなら、近場でもいいから出掛けてみてほしい。