ああ、本当に終わったんだな。
初めて一度も振り返らずに改札をくぐったあの日から3ヶ月、私は好きだった人と再会した。
頻度が半分以下になったLINEの「痩せた」という情報は、もう古かったらしい。久しぶりに会ったその人は、特に変わりなかった。
いつもよりタバコの匂いがしたこと以外は。
◎ ◎
3ヶ月前、終電が近づく池袋駅改札前で、私はその人に想いを伝えた。
その人は考えて、考えて、ようやく「ごめん」と絞り出した。
その人は12歳上の前職の先輩で、1年以上毎月飲みに行く仲だった。くだらないLINEはほぼ毎日。たまに都内に遊びに行き、遊園地にも行った。「友だち以上恋人未満」のことばがぴったり合う関係性だったと思う。
「恋人になりたい」と強く意識していたわけではない。ただ、このままどっちつかずの関係性で過ごし続けることに限界を感じていた。これ以上関わるのであれば、関係性をはっきりさせたい。それが、その人と付き合うことを考えた初めての動機だった。
だから、「ごめん」と言われても、その後改札をくぐって振り返らずに終電に乗っても、悲しみはあまり感じなかった。スマホもいじらずただぼんやり座って、先ほどの出来事をひたすら回想する。
まあ、しょうがないか。無理って言われたんだから。
その人と会うときは、いつもより高いシャンプー・コンディショナーを使ったり、その日に合わせて美容院に行ったり、いい匂いのするヘアオイルを塗ったりしていたけれども、もうそんなことをする必要もない。あなたのためになんか、頑張ってやらないもんね。
とりあえず「告白」というタスクをこなして肩の荷が降りた当時の私は、悲しみよりも解放感が勝っていた。
◎ ◎
あれから3ヶ月後、私は久しぶりにその人をご飯に誘った。よく一緒に行っていた池袋の中華料理屋さんで、わずか1時間半の短い食事だった。
いつもと変わらない。その人は乾杯前にお酒を飲み、2人分のラーメンと小籠包を頼み、くだらない話をして、杏仁豆腐を食べる。店を出て路地裏に行き、その人がタバコを吸い終わるのを話しながら隣で待つ。
そう、いつもと変わらない。その現実が私を最も傷つけた。
この人とはもうこの先、これ以上の関係にはなれない。
でも私はもう、友だち以上恋人未満で純粋に楽しめていたあのころには戻れない。
関わるたびに「これ以上は無理」と溝を掘られる気分だった。
「いつも通り」という名の拒絶を突きつけられる。
その人は以前から、私と会うときは身なりを気にしてくれていた。
突然会うことになったときは、「エビアンと会う予定無かったから、適当な服着ちゃったよ」と、少なからず慌ててくれる。
特に匂いには気を遣っていて、「タバコくさい?」と、服の袖を私の鼻に押し付けてきたときもあった。たしかにそれほど近づければ匂いは感じるけれども、普通に話す分には全く気にならなかった。
◎ ◎
そんなその人から、タバコの匂いがした。
頑張るのをやめたのは私だけじゃなかったのかもしれない。今までそんなに消臭を頑張ってくれていたんだ。私に会うために。
だったらどうして振ったんだろう。どうして振られたんだろう。
「エビアンはいい子だから。こんなおっさん忘れてもっといい人と付き合いな」
いい子って何?なぜ真っ当に生きているだけで好きな人に振られなければいけないのだろう。なぜ真面目に夢を追いかけるほど、その人が離れてしまうのだろう。
振られたのはしょうがない。だってその人が無理って言ってるんだから。そう考えてうまくかわしてきたつもりだった。
けれども、振られた後のタバコの匂いで、私の恋は本当に終わりを告げた。いや、ちゃんと終わらせることができた。終わるから始まる。今はそう思うしかない。