「私、君とふたりでいるときだと“この時間”が一番好きかもしれない」

ベッドの上でひとしきりげらげらと笑った後、仰向けの状態のまま私はそうつぶやいた。
小さくてぼんやりした常夜灯だけが灯る、薄暗い寝室。私は真っ暗な部屋でも眠ることができるけれど、パートナーは光がないと入眠モードに入れないたちらしい。

「わかる。何で寝る前なのにこんなに盛り上がっちゃうんだろうね」
「わかんない。でも超楽しい」
「俺も。”この時間”にするまりちゃんとのおしゃべり、すっげえ楽しい」

ちなみにそのときの時刻、日付を超えた午前1時半頃。ふたりでベッドに入ってから、すでに約1時間が経過している。私たちは、寝室に行くタイミングが同じときはベッドの中に滑り込んでもすぐには寝ない。どちらからともなく他愛のないおしゃべりが始まって、そのまま1時間〜1時間半ほど過ぎていくのが常だった。

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普段から会話はまあまあ多いほうだとは思うものの、なぜか私たちのおしゃべりは深夜に最も活気づく。ただ、この時間帯に交わす会話の内容は本当にくだらない。まるで中身のないおしゃべりを、薄闇の中で延々と繰り広げる。朝になって目が覚めたときには、真夜中に彼と何を話したのかなんて一切合切記憶に残っていない。

それでも、お腹を抱えたくなるくらい面白可笑しくて、どこかのネジが外れてしまったみたいにずっと笑っていた感覚は、夜が明けてもしっかり身体に残っている。だからこそ私たちは、あの不思議な愉快さにいざなわれるように、深夜のおしゃべりを今も繰り返し続けているのだと思う。

「げらげら」だなんて我ながら品のない笑い方だなと思うものの、オノマトペ的にはこの表現が一番的確な気がする。ふたりの間に漂う空気感も、夫婦というより姉弟(きょうだい)のような、あるいはテンションが馬鹿みたいにハイになった修学旅行生のような、そんな色合いが強い。さすがに枕を投げ合ったりはしないけれど。

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「深夜のテンション」という言葉も、確かにある。太陽が沈み、辺りは暗くなり、ひっそりと静まり返る時間帯であるはずなのに、真夜中には人の神経を刺激する作用でも含まれているのだろうか。

「でもさあ、前と比べたら、まりちゃんはあんまり夜更かしに付き合ってくれなくなったよね」
私と同じように隣で寝そべる彼が、ちょっぴり不満げな声でそう漏らした。「えっ?そんなことないでしょ。現に今、めちゃくちゃしゃべってるじゃん」と私はすかさず返す。

「だって、前は4時とか5時とか、そのくらいの時間までしゃべってた」

なんて愛おしいクレームなのだろう、と私は薄闇の中で軽く悶えそうになってしまった。
彼が言う「前」とは、まだ結婚する前…というか、まだ付き合ってもいない時期のことを指している。

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確かにあの頃は、大体夜の10〜11時くらいから、明け方近くまで電話越しにおしゃべりをしていた。まだLINEを交換していなかったときだと、この長電話が原因でとんでもない金額の通話料金を携帯会社から請求されてしまったこともある。あちゃあ…とは思ったものの、本気で落ち込みはしなかった。むしろ、彼との長くて楽しいおしゃべりを数字で可視化してくれているようで、高額な料金に嬉しさすら湧いた。恋する気持ちのせいで、あの頃は少々頭がおかしくなっていたのかもしれない。

仕事を通して知り合った間柄から友人になり、友人から恋人になり、恋人から夫婦になった私たち。
ただ、関係性を指し示す名前がどれだけ変わろうとも、深夜の私たちを取り巻く空気は昔も今も大差はない。
自然あふれる場所で吸い込む空気もきっと美味しいだろうけれど、彼と半分こにして分け合う深夜の空気もまた格別だ。

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「長電話してた頃も、確かに楽しかったなあ。明け方は死ぬほど眠かったけど」
「そうだよね。ごめんね、付き合わせて」
「謝らないでよ。私がいつもどれだけ君との電話の時間を心待ちにしてたと思ってるの?」

へへ、と暗がりの中で嬉しそうに笑う彼。ベッドの中の彼は、トレードマークでもあるアラレちゃんみたいな大きいメガネを外している。小粒だけどくりんとしたその目元はいつ見てもキュートで、思わず彼の頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。小型犬みたいだな、とも私はよく思う。

今日はちょっとしたノロケみたいになってしまったものの、深夜の私たちにそこまで甘やかな雰囲気はなく、基本的にはどうでもいい会話を際限なく続けている。
けれど、生産性ゼロのおしゃべりを共に全力で楽しんでくれる相手が生涯のパートナーで良かったと、私は常々思っている。