私の住む家のお風呂場のドアは、ざらついた磨りガラスのようなドアだ。実家住みであり、洗面所と接しているお風呂場で、私がお風呂に入っているときに他の家族が良く出入りする。それは、髪を乾かしたり歯を磨いたりしたいといった用事で入ってくるのだが、どうにもこの磨りガラスのようなドアでは、ハッキリと見えなくても、かなり自分の姿が洗面所に居る人に見えてしまうのでは無いか、と私は思うのだ。

◎          ◎

 お風呂場にいる私は逆に洗面所にいるのが姉なのか母親なのか、分かってしまう。パジャマの色で判別できるのだ。

と考えると、やはり私の姿は洗面所からぼんやり見えているのではないか?そう思った私は、洗面所に人が入ってくる音を聞いたらわざとドアの前に立ちはだかり、仁王立ちをしてみることにした。

何かしら反応があったら面白い、そう思ってやってみたが一向に何か言われることは無い。実験で始めたつもりであったのに、いつの間にか反応を欲しがってしまっていた私は、仁王立ちという、シンプルなポージングを止めしっかりとポーズを決めてみることにした。とはいえ、ポージングを取ることに慣れていない私は、筋肉コンテストに出場するマッチョたちのようなポージングしか決められないのだが。

しかし、悲しくも貧相なマッチョは、磨りガラス越しに見られることは無かった。真横に設置されている全身鏡に、薄ら浮き出た筋肉を自慢している自分が写っていて、ただただ恥ずかしく頬を赤らめるのみの結果であった。

◎          ◎

私はだんだんと時間の無駄であることに気が付き、ドアの前でポージングを取ることを止め、普通にお風呂に入るようになった。なんなら、洗面所に誰かいるときはドアの前に立つのを止めるようにしていた。

そんなある日、私は全身を洗い流しお風呂場から出ようとドアの前に行った時、磨りガラス越しに黒い影を見た。一瞬の驚きと、蘇るポージングの宿命。私は気が付くと筋肉を見せつけるポーズを取っていた。黒い影も私の筋肉をマジマジと見ているのか、微動だにしていない。どちらが先にアクションを起こすか、そんな勝負が言葉を交わさずに始まっていた。

しかし、五分ほど経っても影は微動だにしない。私は段々と疲労を感じ、そして体に付いていた温かい水滴が冷水へと変化を始め、私は一刻も早くパジャマを着たくなった。

◎          ◎

悔しいが、私の負けである。自分の負けを認め、外にいる影に私は「出るから、外に行ってくれる?」そう声をかけた。

しかし、影は全く動かずそこに居続ける。冷えていく水滴と裏腹に、私の腸が煮えてきた。「早く出てってよ!」そう声を何度もかけるが、何の反応も無い。業を煮やした私は、ドアを開けて顔だけ出した。同性であろうと、こんなやつに私の裸を見せて堪るか。そう思ったからだ。

しかし、そこには誰もいなかった。
代わりに、私がバイト先で愛用しているエプロンが干されていた。

私はとてつもなく時間を無駄にしてしまったと嘆き、エプロンに向かってほとんど無い筋肉を見せつけたのだった。