私が東京にやってきたのは、大学進学の時だ。東北・山形という娯楽のない街からの脱出、雪かきする地域からの脱出であった。なんてったって東京は南側にある。さぞ冬も暖かいんだろう。それだけでだいぶ快適ではないか。多少雪が積もっただけで交通機関がストップしてしまうのは困ったものだが、それでも田舎の寒さと雪かきのめんどくささからは解放されるのだ。冬が楽しみである。
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夏休み中は百貨店のお菓子屋さんでアルバイトした。本当はもっと早くアルバイトを決めたかったのだが、全く受からず派遣に登録して夏休み中週5で働くことにした。ここで本当に仕事ができなくてぜひその話をしたいのだが、割愛させていただく。
お菓子屋さんの朝は寒い。冷蔵ものと一緒に入れる保冷剤を、巨大な冷凍庫から持ってくることから業務が始まる。
「冬とか地獄ですよ。寒いのにさらに寒いところに行かなくちゃいけない」先輩社員は笑う。その人は青森出身の人だった。
「地元より東京の方が体感は寒く感じますねー。風も冷たければ人も冷たい、こんな世の中なんて…!って感じですよ(笑)」と言う。
部活もまともにやったことのない上下関係を知らない状態で、できない敬語とタメ口が混ざった口調で場の空気を冷やしながら会話した。
でも、この時私は思ったのである。
「青森より東京が寒いなんてありえねー!」
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冬になった。夏のバイトではそこそこ稼げたが、その後の学園祭で食べた焼き鳥に当たり、その入院費で全て溶かした。もうお金がなくて選り好みしている場合ではなくて、絶対に向いていないであろう居酒屋バイトに応募し、採用された。ここでも本当に仕事ができなくてその話をしたいのだが、割愛させていただく。
大学は駅から少し離れたところにある。アルバイト先は駅近の好立地。授業を終えて、アルバイト先に向かうところだった。入り口の扉を開けるとこれでもかという強風が入ってくる。ここに立てば誰もが西川貴教さんになれそうな勢いだ。道を歩いていてもやはりビル風がひどく、それがとても冷たい。東京は空気が乾燥しているから、風が刺さるように感じる。あの先輩が言っていたことがわかった気がした。私たちはこれまで日本海の湿った空気に助けられていたのか。
ところで、なんか気になることがある。足が痛いのだ。足の脛ら辺。実は今日、おろしたてのブーツを履いている。その布部分が合わなくて、かぶれたりしているんだろうか。でも若干位置がずれている気がする。ブーツよりちょっと上が痛い。でもこれからアルバイトだから急いで行かなくちゃ、立ち止まるわけには行かない…と思っていたのだが、痛すぎて足を止めた。絶句した。
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その日はミディアム丈のスカートを履き、ブーツを合わせていた。そのスカートとブーツの間の素肌を晒している部分が砂漠のようにひび割れ、両足から出血していたのである。
最初はなんだかわからなくて、どこかに擦ったのか?こんなところを?と困惑していたのだが、ひび割れを目視した時、乾燥が原因であることを悟った。乾燥で出血するとは夢にも思っていなかった。
その日は痛みに耐えながらアルバイトをし(幸いアルバイトの制服は長ズボンだったので出血砂漠を見られることはなかった)、帰りに人生で初めてボディクリームを購入した。塗るとヒリヒリして痛かった。今まで乾燥とは縁がなく、友達にハンドクリームをもらっても使う機会がなく溜まっていくだけの人生だったのだが、今後東京で生活していく以上、クリームは必需品になっていくんだろうか。
あれから8年経った。冬はお風呂上がりに、脛にボディクリームを練り込んでいる。
東京は脛にまで冷たい街だったのである。