関東には、新卒の時に1年だけ住んでいた。
1年という短い期間ではあったが、その中で忘れられない景色がある。
それは、夜中の東京タワーだ。

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 新卒の時に経験した特別業務がある。それは、1か月間の夜勤だった。

夜勤なんてその仕事には本来はない業務だし、普段は埼玉で働いていたのだがその期間だけは東京まで出勤していた。夜に出勤する際のJRと地下鉄の駅の空気の重さを初めて感じた。あまり好きではない空気感だった。

出勤してからは主に屋外で働く。季節は真夏だったが、夜中なので暑くはない。もはや晴れているのか、曇っているのかすらもわからない。

初めは作業も嫌々進めていて、同期たちと「何この業務?」とずっと愚痴を言っていた。

だがそれも次第に慣れてくる。

仕事も慣れたら簡単だし、ずっとこれが続いてもいいとさえ思うほどだった。

後半になるにつれて暇な時間も出てきて、その時は同期たちと基本しゃべっていたが、たまに持ち場を離れてぶらぶらと1人で敷地内を歩いていた。

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夜勤で働いていたところはだだっ広い場所だったが、大きな壁がいくつもあって視界はあまりよくない。それでもぶらぶらと散策していると、ある場所だけ壁の隙間から東京タワーが見切れて見えた。

その時期は一晩中ライトアップされていたのだろうか。

夜中の1時過ぎだったが、その時間でもタワーは赤く照らされていて、いつもより真夜中の東京の街で存在感を放っていた。それを見ていると、なんだか夜勤で疲れてきていた心が温まるようで、思わずスマホで写真を撮ったのが今も残っている。

「東京タワーが見えるね」

持ち場に戻ってから同期たちに伝えたら、どうやら感動しているのは田舎出身の私だけのようで、東京出身の彼女らはいつもと変わらない景色だからか、大して感動している様子はなかった。

それでも私はその景色が好きで、その夜勤の間何度か東京タワーが見える地点までフラフラと歩いては眺めていた。

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夜勤の期間が終わってからは、今まで通り埼玉にいるため東京タワーを目にする機会はめっきり減った。

たまに東京の方に出た時に見かけるくらいだったが、昼の時間帯が多かったためあの時のように綺麗にライトアップされているタワーは全然見なかった。

それからしばらく経って、新卒で入ったその会社を辞めて地元に帰ることになり、それを知った東京在住の知り合いが最後にご飯に連れて行ってくれた。

レストランでディナーを食べながら語っていると結構いい時間になり、「最後に東京を案内しよう」と言って、その人は車で色々な夜の東京の景色を見せてくれた。

お台場やレインボーブリッジなど東京を代表するような景色を一通り見せてくれたあと、埼玉の私の家まで送り届けてくれたのだが、その道中、高速道路を走っていると赤くライトアップされた東京タワーが目の前に飛び込んできた。

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「あ、東京タワーだ!」

先程見せてもらった綺麗な東京の夜景よりも、過剰に反応する私の姿に、その人は少し戸惑っているようだった。

それでも私は興奮したままスマホを構え、車の助手席から写真を数枚撮った。後から見るとほとんどブレブレだったが、赤く光るタワーが、夜の街にぼやっと浮かび上がっていた。それがなんとも言えない景色で、「エモい」という言葉で片付けるには勿体無いほどだった。

ブレブレな写真の中に一枚だけ、はっきりと東京タワーを写せた写真があった。

それを見た時、あの夜勤の日々を思い出した。

業務に疲れて、夜な夜な一人で持ち場を離れて見ていたあの景色。赤くてオレンジっぽいあの色がどこか懐かしくて安心した。

今でもその写真は大切にスマホのフォルダに残してある。

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真夜中の東京タワーは、夜勤の"嫌な思い出"や"好きな景色"というより、どちらかというと忘れたくない景色だと思う。

関東を離れた今、その景色は簡単には見られない。だからこそ、フォルダの写真を遡っては当時に思いを馳せる。