みんな同じ建物にいるのに、誰も周りに関心がない。
よく聞こえてくる音は、カタッ、パラパラ、ポスッ。
静寂に包まれた空間では、くしゃみをするのもはばかってしまう。
そんな特別な空間が、小さな頃から私の感性を支えてくれている場所だ。

初めて訪れた日は、当たり前に記憶にない。それくらい小さな頃から当たり前にそこにあって、大人になった今でも変わらずそこにいてくれる。
私の大好きな場所、それは地元の図書館である。

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ここで大事なのは、「地元の」という点だ。

本好きな私はもちろん書店にもよく足を運ぶし、引っ越し先や知り合いがいる地域の図書館にも行ったことがある。でも居心地の良さでいえば、地元の図書館は別格なのだ。

う~ん……レジェンド?断トツ?なんて言えばいいか。

比較的文字によく触れている方なのに、こういう時に上手い言葉が見つからない。例えるなら、近くに住んでいるおじいちゃんおばあちゃんの家。思わず「ただいま」って言ってしまいたくなるような、そこで暮らしていたことはないのにいつも成長を見守ってくれているような、そんな感覚。

小さな子供対象の読み聞かせタイムはいつのまにかなくなってしまったし、このご時世で最近は図書除菌機なるものも設置された。時代とともに変化している部分もあるけれど、漂う雰囲気や独特な匂いは変わらずいつも自分の軸を戻してくれる、そんな場所だ。

物心ついた頃から本が好きだった私は、幼稚園の時には既に一人で黙読をしているような子供だった。小学生にもなれば、母に代わって得意げに寝る前の読み聞かせを妹にしていたこともある。自慢になってしまうが読書感想文はほぼ毎年代表に選ばれていたし、スピーチや手紙など文章力を問われる場面では先生に力を買われることも多かった。

読書を好きでしているのに、本を読んでいるだけで周りに褒められるなんて不思議だなぁ、と子供ながらに思いながら私はますます本が好きになっていった。友達と外で遊ぶなら室内で読書していたかったし、図書館にある児童向けの本を全て読みきる、なんて子供ならではの無謀な目標まであった。
図書館のルールは、貸し出しは一人につき一回十冊まで。期限は二週間。今でこそ充分な量だが、当時は厳選に厳選を重ねて、それでも諦めきれない分はこっそり母のカードで借りてもらっていたのが懐かしい。

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それだけ好きな場所でも、成長するにつれて部活で忙しかったり、進学して地元を離れてしまって通う頻度は少なくなった。それでも、自分の名前が書かれたシンプルな図書カードは未だに手放せていない。

保険証など大事なものは親が管理してくれていて、財布すらあってないようなものだった子供の時に作られたそのカードは、私にとってとても大事な宝物だ。

小学生の時、移動販売のような形で定期的に学校で図書館の本の貸し出しサービスが行われており、当たり前に常連だった私は、そのカードを誇らしげに持って利用していた。まるで、大人の仲間入りになれたようで嬉しかった。

そのカードでログインすれば自分のこれまでの貸し出し履歴を見られるのだが、必ず誰か一人は亡くなっているようなストーリーを好む私の履歴は、不穏なタイトルの羅列でいっぱいだろう。でも子供の時のアルバムのように、これまで自分がどんな本と時間を共にしてきたかが分かり、なんだか感慨深くなってしまう。

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図書館は不思議だ。
みんな同じ空間にいながら、一人一人が自分の世界で生きているように見える。
じっと目を凝らすと、ありもしない境界線まで見えてくるような気がする。

でも、そんな空間が私は最高に居心地が良い。

本以外にも楽しめるコンテンツがたくさんあふれているこの世の中で、「図書館で過ごす」という選択をした人とはなんだか通じ合える気がする。でも、通じ合うことはない。なぜって、みんなそれぞれの世界で生きているから。

私もその一人。自ら望んで一人になり、周りは背景と化し、そして自分自身もその背景の一部となる。誰にも干渉されないゆったりとした空気が流れるその場所で、私は多くの時間を過ごしてきた。

本は紙の集合体だ。そしてその紙は木から作られている。つまり図書館は木の宝庫、いわば森林といってもおかしくない。
マイナスイオンたっぷり。どうりで呼吸がしやすいわけだ。
物理的にも精神的にも自分を支えてくれるこの居場所は、これからもずっと私のオアシスだ。