深夜2時。一番クリエイティブになれる時間。街の灯もすっかり消え、静かな時間が世界を包み込む頃、私の脳内はパチリと目を覚まし、あらゆる想像を膨らませ始める。コトコト、カタカタ。ざわざわ、ゆらゆら。心地よい音が私の頭の中を駆け巡る。

こうなったら明日の仕事のことなんて忘れてしまう。今日あった最悪な気分なんて、デリートキー一つで消してくれる。ただひたすらに心ゆくまで、どこまでもどこまでも自由に魂を飛ばすのだ。この世界にしがらみなんて何一つないのだとでも言うように。私には、この時間がたまらなく愛おしい。

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空想をすること。それは私の人生に欠かせない一つのパーツ。これを失くしてはもう生きてはゆけない。空、川、森。魔法に動物に神話。なんだっていい。この時間だけは現実のあらゆる喧騒から離れ、自らの魂を好きなところへ気の向くままに歩かせることができる。そうすることで、私は日々を生きるエネルギーを蓄えるのだ。

現実と空想の世界は、ときとして一体化する。ふっとその境界を消してしまうのだ。それはまさに赤毛のアンのよう。自由に空想を広げているようで、実はそれは現実から目を背けているだけだったり、あるいは万事上手くことが運びますようにと願う心であったり。もちろん、自由気ままに物語を紡ぐ空想もある。いずれにせよ、それらが私の心を満たしていることに間違いはない。

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空想の世界を歩くとき、全く別の人物として歩いている感覚に陥ることがある。それは性別であったり、そもそも人間ではなくなっていたり、物理的に視線が変わったり。けれど、そのどれもは本当は私自身であり、別の姿は私の魂がその姿を求めて変化(へんげ)したもの。

それがどんな姿であっても無理に今の自分に戻ろうともがくことはしない。たまには違う姿になってみるのも、案外楽しいもの。だからこそ、どんなに忙しい日々が続いたとしても、この深夜2時だけは決して失いたくない、奪われたくない時間なのだ。

それでもなぜ深夜2時なのか。それは私にもよくわからない。けれど、彼らが起床する時間は決まってこの時間。恐らく日中は現実の世界で働く私の邪魔をしないようにと、彼らなりに配慮をしてくれているのだろう。それは大変有り難いのだが、ときどき昼間にでも出てきてくれれば良いのにと願う。だって、たった一度のチャンスを逃すと翌日まで出会えることはないのだから。深夜2時まで彼らに出会えないというのは、少々寂しいものである。

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まあ、それを本来は夢を見る、というのだろう。夢なのだから夜眠るときにしか現れない。至って単純な理論。つまりは、実際には深夜2時まで夜更しなんてしてはいないのだ。

ただ夜更しをした「気分」を味わいながら眠っている、というだけだ。もしかしたらこんな小さな嘘だって、現実なのか夢なのか、どちらかなんて誰にもわからない。それはちょっとイジワルな彼らが私に向ける、小さな秘密なのかもしれない。