数年前、まだ私が大学生だった頃、研究室に気になる先輩がいた。すらっとした体型で、スポーツと文学が好きな青年。学年は1つ上だが、誕生日が1ヶ月くらいしか違わなかったため、同期のようなノリで接していた。卒業を控えていた先輩は研究を進めるために、毎日研究室に通っていた。私も自宅だと怠けてしまうため、課題や研究は基本的に研究室で取り組んでいた。私と先輩は、ほぼ毎日顔を合わせていた。

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ある日、映画のレイトショーを観に行った。自由と希望に満ちたファンタジー映画。そのワクワクを抑えられないまま、映画館を後にした。自転車を漕いでいると、ワクワクが大きくなる。夜風の気持ちよさと晴れた夜空に光る星々の美しさのせいだろう。遅い時間だったが、もう少し進めたい作業があったため、自宅ではなく研究室に向かった。

静かで真っ暗な大学の研究棟に、所々明かりが付いている。その1つが私の研究室だ。「誰かいるのかな?」と疑問に思うことはなかった。この時間までいる人は大体決まっている。研究室のドアを開けると、先輩がパソコンに向かって作業していた。

「おつかれさまです」と挨拶をして自分のデスクに向かう。先輩の真正面のデスクで、仕切りがあるものの、相手の表情が見て取れるほどの高さしかない。

お互いの作業を進めつつ、先輩と雑談を交わした。

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 「さっき、映画を観てきたんです。帰り道に自転車漕いで空見上げたら、星がめっちゃきれいでしたよ」

先輩は、その星に興味を持ったようだ。

「帰る時に空、見てみてください」

私はそう勧めた。すると、先輩はこう返した。

「外に出て、星、見に行きませんか?」

思わず、私は一時停止してしまった。

急遽、先輩と星を見にいくことになった。誘われた時にはすでにドキドキしていたのに、徒歩15分ほどの公園まで歩いて行くことになったので、先輩の隣を歩いている間、ドキドキの振幅は大きくなっていった。会話で紛らわそうとしたものの、どっかのタイミングで先輩にからかわれて恥ずかしくなり、思わず先輩の肩をパシっと叩いた。

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公園に着き、二人で芝生に寝転がり、空を見上げた。先ほどと同様、星々がキラキラと輝いている。天気が良くて、街灯以外の明かりはほとんど付いておらず、煌めきが一層際立っていた。芝生もなだらかな斜面になっており、空を眺めるのに丁度良い。

「星きれいですねえ」と私が言うと、先輩は「メガネがないから、あまり星が見えない」と答えた。

たしかに、先輩はメガネをかける時があり、視力がいいとは言えないかもしれない。だとしたら、なぜ、星を一緒に見ようと言ってくれたのだろう。

「眠い」と私がつぶやくと、「眠っていいよ」と先輩は言った。

「どう解釈すればいいの??」と頭の中で混乱しつつ、先輩に背を向けて少し眠った。

星を見終えた帰り道、コンビニで先輩が缶チューハイを奢ってくれた。柑橘系だったせいか、お酒はある程度強いはずなのに、アルコール度数の低いお酒でほろ酔いしてしまった。

家の前まで送ると先輩は言ってくれたが、恥ずかしさが限界に達しそうだった私は強引に断り、自宅近くで先輩と別れた。

その晩、一睡もできなかった。ずっと心臓がバクバクしていた。普段早起きで決まった時間に起きれる私だが、この日はとりわけ起き上がるのに時間がかかった。

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起きてからしばらくして、いつも通り研究室へ向かった。そこにはいつも通り先輩がいた。「昨晩あまり眠れなかった」とを軽くぼやくと先輩は言った。

「自分も眠れなかったです」

この日、午前に授業が入ってなくてよかった。

以降、大きな関係の進展はなく、先輩は卒業した。寂しさはあったものの、私は自分のやるべきことに専念しようと決意したばかりで、おそらくそれは先輩も同じだったと思う。卒業後は連絡を取り合っていない。

先輩が今、どこで何をしているか分からない。きっと再会することはないかもしれない。

それでも、先輩には感謝している。社会に出て心が濁ってしまった私に、先輩はささやかな煌めきを残してくれた。