12歳からのおよそ6年間、私がいわゆる、「盲目的な恋」をしていた相手は、たぶんあんまり健全な存在ではなかった。びっくりするほどお金はかかるし、私だけだったらまだ良かったが、私の親にも迷惑のかけ通し。見た目や印象こそ美しく華やかだったかもしれないけれど、それ以上にとんでもない性質を秘めていた。母からは「本当にえらいものに手を出してくれたわね」とため息交じりに言われたっけ。

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12歳から18歳。

6年間に亘る期間、私が後先考えずに夢中で恋していた相手の名前は、クラシックバレエという。

以前投稿した「好きだから好きだけど」というテーマのエッセイでも触れたのだが、私には以前、クラシックバレエを習っていた時期があった。3歳、4歳から習うのが当たり前、始める時期が早ければ早いほど良い。そう言われる習い事の代表格みたいなバレエの世界に私が足を踏み入れたのは、何と12歳、中学生になる直前のことだった。図書館で偶然見つけたバレエの本がきっかけで興味を持ち、どうしても習いたいと親に無理を言ってレッスンに通い始めたのだ。前述のエッセイにも書いたが、実際に足を踏み入れてみると、本当に大変な世界だった。

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まずお金がかかる。教室にもよるが、舞台に一度出るのに数万の出演料が必要だった。その他大勢でしか踊らない、つまり名前のある役をもらっていない生徒でこの金額だ。ソロや主役など、大きな役に就いている先輩方は、一人数十万払っていたと聞いている。トウシューズなど、道具一つ一つにかかる費用もばかにならなかった

次に大変だったのが、親の負担だった。発表会をやるとなると、まず「母の会」といって、生徒の保護者が集まって役割を決める集まりが開かれる。発表会当日は、やれ受付だ、やれ裏方の手伝いだと駆り出され、正直子どもの出番を客席からゆっくり観るどころではない。

そして、私は習い始めたのが極端に遅かったため、周りの子のお母さんたちがもう何年も発表会の手伝いを続けてすっかり慣れている中に、右も左も分からない自分の母親を一人で放り込ませることになった。

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「お母さん、何にも分からないんだけど」と不安いっぱいな表情で繰り返し言われた時に、幼く未熟だった当時の私は「そんなことばっか言わないでよ」とため息交じりに言い返した。ああ、ドラえもんにタイムマシンを出してもらえるなら、今すぐ当時の自分に会いに行ってあの小生意気な横っ面を張り倒してやりたい。

そして、あの日の母に謝りたい。当時の私は、必死で発表会の手伝いをしてくれていた母の苦労も、娘の道楽に高額な費用を出してくれていた父の気持ちも、全然分かっていなかったと今なら分かる。ただ、バレエに盲目的に恋をして、そのために周りに迷惑をかけていることを理解しようともせずに、一直線に突っ走っていた。私の中学、高校の6年間は、そんな風に過ぎていった。

さて、当時の私の口癖は、「大学入ったらバイトして、バレエにかかるお金は全部自分で出す」というもの。いつまでも費用を親に出してもらうのは駄目だと、さすがに世間知らずな私にもよーく分かっていた。そして、そのバイトが、私の盲目的な恋に決定的な影響を与えることになる。

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高校を出る直前、地元の飲食店で人生初のバイトを始めた。前述のエッセイでも書いたのだが、個人経営の小さなお店だったため、一度に入るバイトは基本的に一人までというシステム。あれもやってこれもやって、何かトラブルが起きても自分一人で対応するのが当たり前、という空気に、呑み込みが悪く適応力も低い私はあっという間にパニックになった。

仕事のできる先輩から「悪いって思ってるなら、スピードで示してよ」と怒鳴られた日には泣きながら帰ったっけ。やっと仕事に少し慣れた頃に今度は大学生活が始まり、高校までとは全く異なる新しい環境に、すぐに疲労感を憶えた。「なんかもう、バレエしたいと思えなくなっちゃった…」。

大学の談話室で、重い指を動かし、私はバレエの先生宛てにメールを打った。

すみません、大学生になってから予想以上に忙しくなってしまったので、しばらくレッスンをお休みさせてください。送信。

それから4年半、私は一度もレッスンに行っていないし、発表会にも出ていない。

 6年間にも亘る盲目的な恋は、こんな風にあっけなく終わった。

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理由は決して一つだけではなかった。でも今振り返ってみて、一番大きかった理由は、自分でバイトをしてみて、お金を稼ぐ大変さを知ったことだと思う。バイトで得た収入から交際費を出し、生活必需品を買い、一部を貯金に当て…と日々出費を重ねていると、手元に残るのは本当に僅かだ。

頑張ればレッスン代は出せる。でも、発表会の出演料なんて絶対に無理。

自分でお金を稼ぐようになって、初めて分かった。私の盲目的な恋は、親が高額な費用を出してくれていたからこそ成り立っていたものだったのだ。その庇護をなくして、いざ自分ひとりでぽんと飛び出してみて初めて、自分の非力さを理解した。

きっと気づいていないだけで、バレエ以外にも沢山あるのだろう。誰かの支援を受けることで初めて、日常生活の大切な一部にできている何かが。自分ひとりだったら、あっという間に掌中からすり抜けていく何かが。

一つ言えることがある。次は、自分ひとりの力でもハッピーエンドに導ける恋がいい。