お風呂場で思うことといえば、嫌なことばかりだ──。

あのしっとりとした静けさがそうさせるのか、お風呂場には、嫌なことを思い出させる妖怪がいるのか。何故かはわからないけど、墓場まで持っていきたい嫌なことが、湧き水のように脳みその奥から溢れ出る。

例えば…。今日友達に言った一言が余計だったんじゃないかとか、仕事で失敗したこととか…。そんな最近の嫌なことを思い出すと、芋蔓式に過去にあった嫌なことを思い出す。

過去─。そう、その多くが、私が高校2年の正月の日。親が大喧嘩して、"母方"の祖母の家に、母と私の2人、転がり込んで1年と少し。その家に3人で暮らした日々のこと───。

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そこでの暮らしは、私にとって地獄と言ってもいいくらい酷いものだった。

"母方"の祖母は、私のことを出来損ないと罵り、割ってもないお皿を「アンタが割ったんや!」と怒鳴り、ご飯を食べさせてもらえなかった。そして、生理の週は穢れるからと家のお風呂に入れさせて貰えなかった。

ドラマやアニメに出てくる祖父母は、知恵があり、優しくて、孫のよき理解者─。そんなふうに描かれる。それに、周囲の人の祖父母もそんな感じ。なのに私の"母方"の祖母は全く違った。

友達は祖母が大好きだと言っていたが、私は"母方"の祖母が、今でも大嫌いだ──。

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遠くの物はぼんやり見えて、近くの物ははっきり見えるものだけど、嫌なことはどんなに遠い記憶でも濃く、はっきり覚えている。"母方"の祖母の事も、もう10年も前のことなのに、未だにはっきり、くっきり覚えている。

なんでこんなことを思い出すのだろうか──。そして、なんでこんなにもよく覚えてるのか…。脳から溢れ出た嫌なことが浴槽を満たしていって、私を溺れさせようと掴んで離さない…。段々息が苦しくなって、涙で目の前が歪んでくる。

お風呂で汗や汚れを洗い流すみたいに、浴槽に溜まったお湯を抜くみたいに…私の経験した嫌なことを全部排水口に流せたらいいのに──。

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お風呂で嫌なことを思い出して鬱々とする私は、友人・同僚・上司から、明るく元気でクヨクヨしなさそうと、よく言われる。言われてみれば、人前ではいつもニコニコ、誰かを笑わせるのが好きだったりする。なぜかと考えてみれば、鬱々している人を見ると、心配になるし、こっちまで鬱々としてしまうから、元気で楽しい自分でいようとしているのだと思う。

だから人前で鬱々とすることは皆無だし、お風呂場で嫌なことを思い出して、溺れそうになる私のことを、みんなは知らない。そしてそれをみんなは知らなくていいし、知られたくないと私は思ってる。

私しか知らない私だ。ジョハリの窓で言う所の、秘密の窓だ。

人前でニコニコしてる私も、お風呂場で鬱々している私も、どっちも私であり、どちらかが欠けると私ではなくなると思う。

それに、お風呂で鬱々とした後は、最近あった良いこと、幸せだったことを思い出して、次第に前向きな気持ちになれる。過去の嫌なことを思い出すことで、今の良い事に目を向けられる。

過去はこれからも洗い流せなくて、私にずっと張り付いて離れず、私を辛い思いにさせるけど、それ以上に、最近あった良いこと、幸せだったことを思い出させてくれる。

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良いこと、幸せなことを思い出しながら髪と頭を洗い、お風呂場を後にする頃には、スッキリした気持ちになって明日を迎える準備をする。

さぁ、明日も笑顔でいきましょう。