寒さが厳しさを増す11月下旬の朝4時、私はある女性と歌舞伎町のチェーン居酒屋にいた。
夜通し飲んだはずなのに、テーブルの上にはジョッキに入ったサワーが2つ。はじめて明るい場所で見る彼女は眠気も疲れも見せず、整った顔立ちをしていた。

彼女について知っていることは、私と同い年であること、刺激を求めてクラブに行くこと、それから、神奈川に住んでいること。
始発を合図に30分ほどで店を出る。解散後のインスタのDMには、「今度は別のクラブに行こうね!」と綴られていた。

あれから私は、彼女と1度も連絡を取っていない。

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1軒目だけで終わりたくない。
私はいつもそうだった。お酒を飲むと何でもできる気がする。どこにでも行ける気がする。欲望への推進力が爆発するのだ。
だから「 1軒目だけの解散」は、どうも落ち着かず身体がうずく。「まだ帰りたくない!」こうして解散後、本能のまま帰りと逆方向の電車に飛び乗った。

たどり着いたのは、歌舞伎町の地下にあるクラブ。以前友人と2度行ったことのある場所だった。
はじめてクラブに行ったときは、あまり好きになれなかった。
まともに会話できないほど大きすぎる重低音、暗すぎる店内に放たれる眩い光。
それでも、目に映るもの全てが新鮮だった。
大きいモニターの前に佇むDJ、目の前に広がるダンスホールで踊り狂う人々、脇のVIP席でシャンパンが入ると、カランカランと金の音を立てながら紙吹雪が舞い、パンッとクラッカーが鳴る。

はじめて見る夜の世界に、興味津々になった覚えがある。

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私は再び、しかも1人でその場所を訪れた。
時刻は22時。バーでお酒を頼むと、後ろの立ち見席で静かに空いた店内を眺めていた。
店の半分ほどが埋まったころ、同じく立ち見席に1人で佇む女性を見つけた。
服装もメイクも派手な雰囲気ではないけれど、物怖じせず佇んでいる。肩の長さで切り揃えられた黒髪が印象的だった。

ああ、話しかけたい。
クラブに1人で来る女性なんて、話が合うに違いない。
あいにく、気軽に話しかけるには少し距離が離れていた。クラブは店内が暗く、周りの音も大きいため、こちらから近づかないと気づいてもらえない。どうしよう。尻込みしているうちに時刻はまもなく0時を迎えようとしていた。

「ここのクラブはよく来るんですか?」
彼女にやっと話しかけられたのは、日付が変わる3分前。
「ここは何度かありますね、渋谷のクラブはよく行くんですけど」
彼女はまるで知り合いのようなトーンで答えた。どうやら彼女も私を気にかけていたらしい。私たちはあっという間に仲良くなった。勢いで交換したインスタを介して同い年とわかり、さらにテンションは高まる。

彼女は刺激を求めて度々クラブを訪れるらしい。
「あっち行こう!」と上の階に連れて行ってくれたり、「お酒今日何でも頼めるから、ほしいのあったら言って!」と、手首に巻いた謎の赤いバンドを見せてそう言ってくれたりした。

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お互い刺激を求めて踏み入れたクラブだったが、私たちはずっと一緒に行動していた。数え切れないくらい男性に話しかけられたけれど、すべて断った。
1人になるのが怖かった。でもそれと同じくらい、彼女といた方が楽しかった。
始発まで時間を潰すために入った居酒屋で、私ははじめて彼女とちゃんと話した。アルコールと眠気で内容はほとんど忘れたが、彼女がよく考え、言葉を選んで話してくれたことは今でも覚えている。

あれからまもなく1年が経つ。唯一彼女とつながるインスタには、たまにネコのストーリーがあがるくらいで、近況は全く読み取れない。私の「クラブに行きたい」欲も無くなってしまった。
それでも私は時折、あの夜を思い出す。本能的に飛び込んだ歌舞伎町の地下で、1人の女性に出会ったことを。