紺色の袖に、風船の描かれた白地の長T。黒髪ショートカットの、6歳ぐらいだろうか。背の小さな子が椅子に座っている。

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私が勤めるデイサービスには、近所の幼稚園から定期的に児童たちが交流にやって来る。田舎にあるその園は、全員でおよそ10名。彼らは、ある時は歌、またある時はカスタネットに鍵盤ハーモニカなど各々が楽器を持っての演奏を発表してくれる。

催し物を一通り終え、何台か等間隔に置かれた長机には、センターに通うおじいちゃん、おばあちゃんに混じってポツポツと園児が腰掛けていた。

その日撮影係を任された私は、首から下げたカメラと共に、部屋の中をぐるぐるしていた。ふと、風船の服を着た男の子に視線を留めた。こちらを向いてくれないかなあ。
「ぼく!ぼく!風船の服着たぼく!」
おかしいな、割と大きな声で呼んでいるが、振り向くそぶりがまるでない。高齢の利用者さんとの会話で、声のボリュームには定評があるのだけれど。

「ぼく!!!こっち向いて!!ぼく!!!」
やれやれ、子どもというのはどうも扱いにくい。そう思うだろうか?

なにを隠そう、この“風船のぼく”こそ、私、筆者自身である。幼稚園の頃、デイサービスで勝手にバトルを繰り広げた女性スタッフさんを思い出し、きっとあの時彼女の頭の中を覗いたらこうだったろうな、と書き起こしてみた。

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「ぼく!ぼく!風船の服着たぼく!!」
誰か呼ばれてる。気づいてないんだなあ。誰かを呼ぶ声にはもちろん気づきつつ、誰だろうと考える。まわりに友達はいない。視界の下端に、風船が見えた気がした。

「まさか、、、」
チラリと声の方を見る。明らかに自分を呼んでいる。
「ぼく!!!こっち向いて!!ぼく!!!」

紺色の袖に風船、という絶妙なデザインと、短い髪がいけなかったのだろう。完全に自分のことを男の子だと思い込んでいるスタッフさんに、6歳の私は「絶対に振り向いてやるもんか」と闘志を燃やしていたのを覚えている。我ながら意地っ張りだ。

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幼い頃は、理髪店を営んでいた今は亡き父の母に髪を切ってもらっていた。というより、訳もわからぬまま大きな鏡の前の椅子に座ると、数十分後には見事なまる子ちゃんヘアが完成しているのが常だった。今となっては良い思い出だ。

服に関しては、こだわりが無かった当時、私のコーディネートは、いとこたちがどの服を着られなくなるか、にかかっていた。4人姉妹の末っ子として生まれた母の姉たちの元には、合計10人のいとこたちがいた。メンズ服だろうがレディース服だろうがお構いなしだ。ありがたく頂戴する。昔の写真を見返してみると、ただただ「きゅうきゅうしゃ」と頼りないフォントで大きく記されたTシャツを着ているものもある。

そんなファッションと共に幼少期を過ごした私にも、自分は女の子だという意地はあったらしい。後に現像してもらったその日の写真には、紺色の袖と白地に風船のTシャツを着た私が、不機嫌そうにレンズを向いている姿が収められている。このTシャツは、私の記憶が閉じ込められた、紛れもない思い出の1着である。