前日の食事から気を使い、就寝前の着圧スパッツはマスト。
「見苦しくないよね?大丈夫だよね?」
朝起きて、真っ先にその服を見に纏い、家を出るまで何度も鏡の前でチェックする。
少しの不安を高揚感に変えて家を飛び出す。
街中にガラス窓があると、つい自分の姿をチラ見してしまう。
口角、顔、姿勢、気分、全てが上がる。
私にとってレザーのショートパンツとはそういう存在だ。

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洋服に無頓着なタイプ、それが高校までの狭いコミュニティにおける私だった。
中高とあまりに変化のないメンツの中で生きた私は、中学で部活を引退した後も、スポーツ少女というイメージを持たれていた。
周囲の期待を裏切ることができず、休みの日もほぼジャージ。
いわゆる休日用の洋服というのをまともに持った記憶はなかった。
別に嫌いだったわけではない。
ただ当時、学生時代というのは今以上に人の目が気になっていたわけで。
周囲のイメージと異なる動きをした人間に向けられる冷笑の眼差しへの恐怖が、洋服を着たいという欲望よりも大きかった。

そんなコミュニティから解放された大学時代。
ジャージから一転して、女子らしいという言葉が似合う服を纏うようになっていた。
ボディラインが強調され、華奢な腕が時々チラ見えする洋服たちは不思議と周囲のウケがよく、こんな服を着ても許されるのだと自分の心の安寧に繋がった気がした。
もちろん当時は自分の好きな服を着ていた、つもりだった。
けれど結局はジャンルが変わっただけで、周囲の目を気にして選ばれた服だったことに
変わりはなかったのかもしれない。
抑圧されていた欲を解消するために着ていた洋服たち。
自分のために纏っていたはずだったその服たちもいつしか着られることは無くなった。

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そんな大学生活が終了すると同時に訪れたコロナ。
ただでさえ新天地で知り合いもほとんどいないうえ、外で人に会うという習慣がすっかり日常から消え失せた私は、真の意味で自分の好きな服を着るということができるようになった。

「うわ、可愛い」
波があったコロナ禍で久々に出かけた私の目に飛び込んできたのは、ショーウィンドウのマネキンが着ていた真っ黒のレザーのショートパンツ。
服に一目惚れしたのは久々だった。
20代も折り返しになってショートパンツ?
思わず誰でもない他人の声が聞こえてきたが、私は吸い寄せられるように店に入り、わずか数分後にはショッピングバックを抱え店から出てきた。

勢いのまま購入したショートパンツだったが、なかなか着る勇気がなく、しばらくは箪笥の肥やしになっていた。
「そんない怖いなら初めはロングブーツと合わせて見たら?」
そんな矢先、天の声、洋服大好きな姉の声が降ってきたことで自体は一変した。
「それ、いいね」
言われるがままロングブーツを買いに行き、翌日に初めてそのパンツをおろした。
「大丈夫、だよね。変じゃないよね」
家を出るまで何度確認したか分からない。
しかし、一歩その姿で外に出ても誰も私を見なかった。
「なんだ、誰も気にしないじゃん。大丈夫じゃん」
その日以来、私は堂々とそのショートパンツを履くことができるようになった。

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人の目が全く気にならなくなったといえば嘘だろう。
今でもショートパンツを履く日は前日から念入りに準備するくらいなのだ。
私のことなど誰も見ていないとわかっていても、この癖は抜けない。
けれど、だからと言って諦める必要はない。
TPOや公序良俗といった部分を守りさえすれば服というのは自由なのだ。
自分が好きなものを好きな時に着ていいと私は思う。
人の好きは移り変わるものではあるが、私が好きで履きたいと思っている間は、このショートパンツを目一杯履こうと決めているのだ。