東京に出てきて5年が経った。田舎で生まれ育った私は、東京にくればどうにかなると思っていた。何かが変わって、私は田舎者ではなくなって、夢が叶い、大好きな人ができて……幸せに暮らしましたとさ。なんてちゃちな言葉で人生が締め括られるような、そんな夢物語を東京に期待していた。

東京に出てくればどうにかなる。これは田舎者の常套句であるが……それは間違いだと強く言える。東京という街が私に何かをしてくれるわけではなくて、私が東京という街にふさわしくなるように変わっていかなければならないのだ。

◎          ◎

それに気付きはじめたころ、私は眠ることができなくなった。どれだけ抵抗しようとも夜は決まってやってくる。そして朝も。幾度も夜明けを見ては絶望した。夜明けなら希望をあらわしてくれよと勝手に悪態をついていた。

一方、同じく東京に出てきた同級生Mは、見事に東京に順応していた。物憂げな夜を忘れさせてくれるネオンの色がよく似合う都会の女へと成長していたのだ。そんな彼女を私は羨ましくも、疎ましくも思いつつ、都会にいる唯一の友人として、よく会っていた。

ある日、いつものようにMと共に安い居酒屋をあとにして、さぁ帰ろうか、となったころ、ふと「帰りたくないな」と呟いてしまった。Mを口説いたわけではないことをご了承願いたい。ただ、一人暮らしのアパートにこのまま帰ったとて、このあと眠れるわけでもないし、ひとりになるのが寂しかったのだ。

◎          ◎

こんな一歩違えると10年来の友人に突然口説かれたと思われかねない言葉を耳にしたMは、なんて事ないように「じゃあ帰らなきゃいいじゃん」……。そう言って、深夜でも営業している居酒屋を探しはじめた。本当に同じ田舎の地で生まれ育った人間だろうかと疑ってしまうが、都会らしく生きるにはこれくらいの機転が必要なのだろうと感心した。

深夜営業は新宿の方が多いらしい。彼女に連れられて終電で新宿に降り立つ。平日の終電後にもかかわらず、新宿には人がよく居た。

ふたりともなんとなく満腹で、店に行く前に歩く事にした。新宿駅から、2丁目を回り花園神社とすれ違い、新大久保 ……。そして夜にこそ咲く街・歌舞伎町まで。ひたすらぶらぶら歩き、人だかりがあったらビルの影などからバレないように観察してはある事ない事妄想して、ゲラゲラ笑い合った。

◎          ◎

結局ただひたすら歩きつぶして、夜明けがきた。始発電車が走るころ、新宿駅前で冴えない新人ホストに話しかけられたかと思えばMはその新人ホストと共に朝焼けの中に消えてしまった。

眠らない街と称される新宿に居ても結局自分だけは部外者だったのだ。始発から何本か過ぎた頃、眠らない街の住人であった人々が赤い顔や青い顔を並べているなかで1人白い顔をして、帰路へ着いた。

アパートに着いてからいくら経ったかわからないころ、目が覚めた。ただの疲労からかもしれないが、久しぶりに悪夢も中途覚醒も無く長時間寝ていた。眠らない街が、私を眠らせてくれたのだ。

眠れない街が私の眠剤だ。夢さえ見せてくれない。

そしてまた、眠れない日が続いた頃に都内を歩く。日暮里〜上野、隅田川、赤羽……。次なる眠らない街を求めて、今日も眠れない。