年齢を重ねていくことに、不思議と抵抗や焦りはなかった。気がつけば28回目の冬が目の前まで来ている。夏に誕生日を迎えたばかりだと思っていたが、どうやら季節は2つほど移り変わったようだ。
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「アラサー」と言われる年齢になった頃、結婚や仕事の話を周りから嫌というほどされた。自分の人生なのに、どうして周りがとやかく言うのか。あなた達は私の何を知っているのか。私の本心すら見抜けないような連中に、終わりのない人生の指南書を目の前に広げられ、逃れられない「老い」を突きつけられているようでもあった。
女性が30歳を迎えることは、それほど大きな節目なのだろうか?私にとって年齢を重ねていくことは「悦び」でしかない。「早く年齢を重ねて大人の女になりたい」そう願った若かりし頃の自分。何も考えず、若さだけが取り柄だった当時の私がその考えに至ったのは、エステティシャン時代に味わった苦い思い出がきっかけだった。
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専門学校を卒業後、トータルビューティーサロンにてエステティシャンとして勤務していた私。カウンセリングと施術どちらも対応し、フェイシャルやボディ、脱毛など、さまざまなメニューをこなしながら、幅広い年代の方の担当ができることにやり甲斐を感じていた。私の考えが変わるきっかけとなったお客様との出会いは、私が22歳の頃。ネットから新規で予約が入り、いつも通り私が対応することになったのだ。
お客様の年齢は40代。予約メニューはフェイシャルで、悩みはシミ。そのあたりの知識は日々勉強しており、フェイシャル用の機器も安全かつ正確に使いこなしていた。予約時間ぴったりに来店したその方は、予約システムに記載されていた年齢よりもずっと若く見え、身体の引き締まりとお肌のツヤ感から、美意識の高さと日頃の努力が窺えた。
挨拶を済ませ、順を追ってカウンセリングを進めていく。その方が話を始めた直後、一瞬で空気がピンと張ったのが自分でもわかった。お試しでやってみよう、という軽い気持ちで来店される方も多いが、この方は違う。自身の悩みとしっかり向き合って解決したいという気持ちが強く伝わってきた。その中で、今回の重要ポイントである「シミ」の話題に差し掛かる。どの辺りのシミなのか、いつから気になり始めたのか、普段何か対策をしているのか、いつもの流れでカウンセリングを進めていく。
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「お客様の場合、こちらの施術がオススメです。施術に回数は必要にはなりますが、施術完了後には『やって良かった』と皆様から嬉しいお言葉を頂戴しております」
一通りの説明を終え、その方を改めて見る。視線はずっとメニュー表を捉え、しばらくそのまま無言の状態が続いた。気まずさを感じた矢先、突然顔が上がり、私と目が合った。
「あなた、今おいくつ?」
突然の質問に驚き口ごもってしまったが、「22になったばかりです」とポツリ声を絞り出した自分がいた。
「そう、やっぱりお若いのね。羨ましい。そんなあなたに、私の悩みが本当に分かるのかしら?」
「悩みがわかる」というのは、シミに対する知識があることや、施術の技術を身につけているということではないと、その時の私は瞬時に理解した。鏡でシミを見るたびにため息が出る毎日。隠すために化粧品を必死に選び、サロンへ足を運ぶ日々。若さ故に得ることができないもの。それは「経験」なのだと、痛いほどに感じた瞬間だった。
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この先私がどれだけ年を重ねても、この人との年齢差が埋まることはない。しかし、その方が経験したであろう悩みや悦びも、私なりに感じることはできるかもしれない。
そこから私は大人の女性に対しての憧れを抱き、「見たい、知りたい、やってみたい」という好奇心が溢れるようにもなった。苦い思い出が今では、私の背中を押す原動力となっている。経験に勝るのものはないのだ。年を重ねる度に経験値が増えていく。
本当の意味で「大人」になれる日を私はずっと待っている。いや、待っているのはもどかしいので、走って自分から向かっている、という表現の方が正しいのかもしれない。